実際、ISによる犯行の可能性が極めて高いというのが、多くのイスラム過激派の専門家たちの一致した見解だ。

 最大の理由は、前述の犯行声明だ。出されたタイミングや内容は、ISが深く犯行にかかわっていたことを示している。

 ISはかねてロシアを激しく敵視しており、テロの標的としてきた。22年9月には、アフガニスタンの首都カブールにあるロシア大使館近くで自爆テロがあり、職員2人を含む6人が死亡。15年10月にはエジプト上空を飛行中のロシアの旅客機が爆発して墜落、乗客乗員224人が死亡した。いずれも、ISが犯行声明を出している。

 今回の事件の直前にも、ロシアでは不穏な事件が相次いでいた。3月3日には、ロシア連邦保安庁(FSB)が、南部のイングーシ共和国でISの戦闘員6人を殺害したと発表。FSBは7日にも、モスクワのシナゴーグ(ユダヤ教の礼拝・集会堂)攻撃を計画していたISの戦闘員複数を殺害し、事件を未然に防いだと発表していた。

 同じ7日、在ロシア米国大使館は、モスクワのコンサートを含む大規模な催しを標的にした過激派による計画があるとして、注意をよびかけた。

テロの危険性を軽視か

 さらに10日には、イスラム教徒の信仰心が高まるラマダン(断食月)が始まった。この期間とその前後にテロの脅威が高まることは、治安関係者にとっては常識だ。日本外務省も2月末、日本人向けに一般的な注意喚起を発表している。

 明らかに、最大限の警戒態勢を取るべき状況だった。しかしロシアの治安当局は今回のテロを防ぐことができなかった。大失態と言われてもしかたがない。

 ここで問題となるのが、プーチン氏がテロの危険を軽視していた事実だ。事件3日前の3月19日に、FSB幹部らとの会合で語った内容を紹介しよう。

「最近、ロシアでのテロ攻撃の可能性について、多くの西側の政府機関が挑発的な声明を出している。これらはすべて、あからさまな脅迫であり、私たちの社会を揺さぶって不安定化させる試みを思わせる」

 欧米からの警告を相手にしない考えを示したのだ。

 プーチン氏の欧米不信は以前からのことだが、特に2年前にウクライナ侵略を開始して以降、欧米発の情報はすべてロシアを敗北に導くための陰謀としてしか見られない心理に陥っていたのではないか。(朝日新聞論説委員・駒木明義)

AERA 2024年4月15日号より抜粋

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