○と×の相対性
日本語と英語の違いに限らず、暗黙のうちに記号に付与されている意味もまた国によって異なっている。今から30年以上前にアメリカの某会議で講演をしたときのこと。当時知られていた宇宙論的観測データを、異なる理論仮説がそれぞれどの程度うまく再現できるかについて〇△×の表を作成して説明した。
なかなかわかりやすい表であると一人悦に入りながら話していた私に、「〇と×はどちらが観測事実を説明できるという意味なのか」と質問された。そもそも何を聞かれているのかすら、すぐには理解できなかった。
日本人にとって、〇は正解、×は不正解というのは全く自明のお約束である。しかし、この約束は決して国際的に通用する絶対的取り決めではなかったのだ。
その後の私的調査の結果によると、中国、イタリア、フランス、アメリカでは、正解はチェックマーク、完全な不正解は×が普通とのこと。もし〇がついているとその解答はどこかおかしいぞという意味を持つらしい。ロシアでは、正解には何もつけず、不正解には×あるいは下線を引く。ドイツでは正解にチェックマーク、不正解に下線をつけることもあるが、それぞれ小さくr(richtig)、f(falsch)と書き込む先生が多いらしい。
考えてみれば、記号はあくまで相対的な取り決めの下で意味が付与されているに過ぎないことは自明である。自分が何の根拠もなく抱いていた絶対的世界観がもろくも崩れ去ったことを実感するとともに、自分の人生において相対性原理の重要性を痛感した瞬間であった。