老後の一人暮らしは怖くないというベストセラーはあるが、著者と比べて立派な肩書があるわけでもなく、やっぱり不安だ。そこで、等身大のおひとりさまに2人の記者が会ってきた。AERA 2024年3月25日号より。
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携帯の着信音が鳴った。夫からだ。出ると「健康診断の結果があまりよくなかった」との報告。夫も50歳、人生は折り返している。記者もアラフィフだが、「もしかして一人で生きていく可能性も?」といまさらながらに気づく。子どもはいない。就職氷河期に社会に出て、ずっと非正規で働いてきた。老後の資金2千万円はない。一生働くことを考えないといけないが、キャリア形成もままならなかった人に、世間は冷たいだろう。鬱々(うつうつ)としていた記者の目に「日刊SPA!」のウェブ記事が飛び込んできた。
〈「Amazonの倉庫バイトなら日給1万円にはなる」66歳女性が、定年後の肉体労働をすすめる理由〉
迷わずクリックすると、ライター野原広子さん(66)のインタビュー。ライター業のかたわら、数々のバイトをしてきた野原さんが、ユニクロは“おばさん”にも優しいとか、アマゾンはきついけど月10万円なら楽しく稼げるなど、生き生きと語っている。すぐに会う約束を取り付け、野原さんが見学者へ案内のバイトをする国会議事堂を訪れた。
「職なんてたくさんあるんだから失わないわよ。60過ぎたらろくなことないなんて言う人いるけど、言うもんじゃないよね。何をよしとするかなんだから」
正しい汗をかいて寝る
そうほがらかに言い、記者の憂鬱(ゆううつ)な気分を一蹴する。
「優秀な人は一握りで、世の中の大概の人は、愚鈍に生きてるの。そこでどう幸せに生きるかを考えるほうがいいわよ。お金なんてそんなにたくさん必要なわけじゃないんだから」
野原さんは“オバ記者”と名乗り、富士登山や空中ブランコ、53歳のときはAKBならぬOBKとしてミニスカをはいたりと、体当たりの取材をしてきた。28歳で離婚してからは独身で、子どももいない。2歳7カ月で父を亡くし、小学1年生のときには子守などの仕事をしていた。野原さんはそこから働き続けている。喫茶店でのウェートレスに、売店での売り子、食堂に住み込みで働いたこともあるし、芸人のマネージャーをしたことも。「貧乏が身について」おり、「臨時雇用のプロ」と笑う。