「小説を読む」ことと「文学を味わう」ことは違うのだと言われても、文学オンチだから、よくわからない……そんな人に是非ともオススメしたいのが本書だ。作家で大学教授でもある著者が中高生に向けて語った講演録が基になっているが、大人が読んでも十分おもしろいどころか、確実に読書の腕前が上がる。
著者は手始めに太宰治「富嶽百景」や梶井基次郎「檸檬」といった日本文学、ジャンニ・ロダーリの文学論、ルネ・マグリットの絵画作品などに言及しながら、一見無関係に思える「二つのものを結ぶ力」の魅力について語ってゆく。「富嶽百景」でいえば富士山と月見草、「檸檬」でいえば檸檬と爆弾のような「取り合わせの妙」が、文学テクストの中でどのような働きをするのかについてのくだりは、いかにも講義っぽいと思うかもしれない。だが、それがやがて、つまらない本を読んでしまっても「その本と何か別の本との組み合わせ、とり合わせによって、がぜんおもしろいユニークな視点が浮上したりする」という「取り合わせの妙」の話に接続するなど、とにかく話の転がり方が軽やかで、講義っぽいというイメージはあっという間に消えてしまう。
後半は、質問に答える形式で、より深く文学を味わうためのノウハウが語られる。真面目な質問者ほど、役に立つことや、押さえておくべきポイントを聞き出そうとするのだが、著者の回答は一貫してその対極にある。役に立たなくても文学を読むことに意味はあるし、読むことの逆、つまり「読むことの中断」が起こる本こそが良い本なのだと語ってみせるのだ。通読してテーマや作者の意図を汲み取るべしという優等生的な読書がいかに一面的なのかが分かってくると同時に文学への苦手意識が薄まってゆく感覚が心地良い。というわけで本書は「もっと肩の力を抜いて文学と付き合ってよいのだ」と宣言しつつ、文学オンチと文学の間を取り持ってくれる優しい一冊である。
※週刊朝日 2015年10月9日号