同じように愛くるしいキャラクターで人気だった千葉真子も、マラソンでの五輪出場は叶わなかった。1976年生まれ。元々はトラック種目で実績を残し、10000mで1996年アトランタ五輪5位入賞、1997年世界選手権で銅メダル(日本女子トラック長距離種目初)を獲得するなど活躍した。その後、マラソンに転向し、故障を乗り越えて出場した2003年のパリ世界選手権では、2位の野口みずきに次ぐ3位でゴールした。しかし、シドニー五輪は怪我で選考レース欠場などもあり選ばれず、アテネ五輪も補欠止まり。それでも北海道マラソンで3度の優勝を飾るなど、「ちばちゃん」と呼ばれながら、レース後の笑顔とともに多くのファンに親しまれた。
千葉と同じく人気ランナーだった渋井陽子も、マラソン代表として世界陸上には出場したが、五輪には出場していない。1979年生まれ。高校卒業後に三井(現・三井住友)海上に入社。そして2001年1月の大阪国際女子マラソンでいきなり2時間23分11秒の当時初マラソン世界最高記録で優勝を飾り、一躍スターダムにのし上がった。さらに同年夏の世界陸上選手権に出場(4位)した後、2004年のベルリンマラソンで当時の日本記録を樹立した。しかし、出場が期待されたアテネ五輪、北京五輪の選考レースでは、ともに終盤に失速して惨敗。明るくお茶目な性格と物怖じしないレース運びで人気を集めたが、五輪は10000mで出場(北京)したのみだった。
女子マラソン界も高速レース化が顕著となっている中で、日本人選手が結果を残せない時代が長く続いている。再び、日本が世界を相手にメダルを争える時代が来るのか。今回、五輪不出場のランナーたちの顔ぶれに“豪華さ”を感じながら、日本女子マラソン界の復権を期待したい。