写真と文:熊谷正

写真は記録であり記憶

谷さんは撮りためた写真に文章をつけた。それは写真の説明ではなく、子どものころの思い出や、東京に出てきて感じたことを核にして創作したものだという。

「この場所に住んでいた川端康成や夏目漱石、樋口一葉の作品を読むにつれて、写真に文章をつけたら面白いんじゃないか、と思った。要するに、写真と文章のコラボです」

柿の木を写した写真にはこんな文章がついている。

<秋ともなると、学校帰りの寄り道は、いつもこの道。たわわに実った柿が誘惑する。友達の克ちゃんと辺りを伺っては、竹竿を、振り回す。「こらッ、待て!」。カキーンと落ちてくる柿をポケットにねじ込めて必死に走る。走る。いたずらっ子の幼い思い出>

「住宅街を歩いていて、柿の木に出合ったとき、頭の中にこういう文章はなかったけれど、子どものころの思い出がなんとなくあったんじゃないかな。だから写真っていうのは、記録であり、記憶だと思う」

熊谷さんは、この「文芸寫記」シリーズと平行して、「ふるさと回帰」というテーマで、長野の実家周辺で「スケッチふうの写真」を写している。

「ぼくは近くを流れる千曲川と一緒に暮らしていた時代があった。そういう子どものころの記憶が頭のどこかにあって、それが何かのきっかけでよみがえってくる。だんだん当時に帰っていく、みたいに」

写真と文:熊谷正

心の中でつながる千曲川の風景

バリバリ仕事に打ち込んでいた30~40代は、ふるさとに郷愁を覚えたことはなかった。

「でも、やっぱり50歳を過ぎてからだね。島崎藤村の『千曲川のスケッチ』っていう作品があるんですけど、これを読んでいくと、ぼくと共通項がたくさんあることに気がついた。それで、昔の思い出を核に、長野の実家に帰ったときに千曲川の川べりを歩いたりして写真を撮っているんです」

幹線道路沿いは大手チェーンのコンビニや飲食店などが立ち並ぶようになったが、実家周辺の風景は昔のままだという。

「実家の前にランドマークのような山がそびえているんですが、千曲川の橋を渡るとその山が見えて、ああ帰ってきたな、と思う。だから、田舎を撮るのも、本郷や谷根千を撮るのも、懐かしいという思いでつながっている感じがすごくする。最近は特にそう思うね」

アサヒカメラ・米倉昭仁)

【MEMO】熊谷正写真展「文芸寫記・文人が愛した界隈-僕の若き頃と重なる風景-」
ケンコー・トキナーギャラリー(東京・中野) 2月28日~3月11日

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