「予想以上の反響で驚いています。現在、ネット販売を中心にクリニックにも卸しています。利用者は30代のカップルが中心。妊娠=性交ありき、という考えが強いとシリンジ法に後ろめたさを感じる方もいると思いますが、一度使うと、こんなに楽に妊活できるなんてとリピーターになる方が多い。妊活中の方に広く知られる商品に成長する中で、明確にニーズが存在することを実感しています」(片桐さん)

 不妊治療クリニックなどでも、「性交と同程度の妊娠率が期待できる」として、シリンジ法を推奨する動きが出てきている。都内の複数の不妊治療クリニックが「数年前から性交に代わる手段として提案している」と筆者の取材に回答し、クリニックでシリンジ法キットを販売するところも出てきた。プライベートケアクリニック東京の東京院院長で、男性不妊に詳しい泌尿器科医の小堀善友医師は言う。

「性交とシリンジ法は、妊娠率が同程度ということもあり、セックスに悩みのあるカップルには、積極的にシリンジ法を勧めています。実際、セックスがうまくいかずに悩んでいたカップルが、シリンジ法を試して1カ月で妊娠した例もあります」

セックスにこだわると、妊娠から遠ざかりかねない

 近年増加傾向なのが、マスターベーションでは射精できるが、膣内では射精ができない「膣内射精障害」と呼ばれる状態だといい、男性不妊の原因の7%を占める。膣内射精障害を含む性機能障害は、1996年と比較すると4倍以上に増えており、現在多くの男性が不妊症の原因として悩んでいる。

「相手を前に、排卵日だから成功させねばというプレッシャーを感じて、射精までたどり着かないジレンマを抱えている人は多い。膣内射精障害の治療は、それなりに時間を要するため、35歳を超えて妊娠出産を望んでいる場合、セックスにこだわらない手段を提案することが多い。セックスにこだわることで、逆に妊娠出産から遠ざかりかねないためです」(小堀医師)

 筆者がシリンジ法を知ったのは、長年にわたる不妊治療を経て、数年前に出産を諦めた、ある40代の女性の言葉がきっかけだった。女性はタイミング法を続けていた30代の頃、仕事で疲れて「今日はできない」という夫を前に、「お願いだからしてください」と土下座したことがある。夫婦間で、不妊治療に対する感覚の違いを感じ、それに対するストレスも募った。今でこそ夫婦二人の生活を楽しもうと明るく前を向いている女性だが、「妊活中にシリンジ法みたいなものがあれば違っていたかも。今の人がうらやましい」と話す言葉には、いろんな思いが詰まっているように聞こえた。

「シリンジ法が静かなブームとして広がっているのは、セックスにこだわる従来の妊活スタイルから、少しずつシフトしてきている証しだと感じます」

 こう話すのは、生殖補助医療に詳しい生殖工学博士で、プリンセスバンクの香川則子さん。子どもを望む仲の良い夫婦でも、セックスに積極的ではない傾向は決して珍しくないという。

「以前は、子どもをつくる=愛のあるセックスでなければ、という感覚が強かったと思いますが、今は違う。不妊治療の広がりもあって、“セックスを頑張りすぎない妊活”のスタイルが定着してきています。シリンジ法は、本格的な不妊治療を始める前のステップとして、よりスタンダードになっていくのではないでしょうか」(香川さん)

 手軽さにひかれてリピートする人もいれば、切実な悩みを抱えてたどり着く人もいる。表立って語られることが少ない妊活の実際から、変わりゆく時代が垣間見えたように感じた。(フリーランス記者・松岡かすみ)

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AERA 2024年2月19日号より抜粋

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松岡かすみ

松岡かすみ

松岡かすみ(まつおか・かすみ) 1986年、高知県生まれ。同志社大学文学部卒業。PR会社、宣伝会議を経て、2015年より「週刊朝日」編集部記者。2021年からフリーランス記者として、雑誌や書籍、ウェブメディアなどの分野で活動。

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