年を重ねるにつれ、知っているはずの物事をど忘れしてしまう。よくある話しだが、そうしたとき、どうしたらいいのか。失敗学の提唱者であり、東京大学名誉教授の畑村洋太郎氏は、ある対策を講じているという。畑村氏の新著『老いの失敗学 80歳からの人生をそれなりに楽しむ』(朝日新書)から、一部を抜粋・改編して紹介する。
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私の身に起こっている様々な記憶の問題
体の機能が衰える一方で、記憶にも問題が生じています。物や人の名前が出てこない、書きたい漢字が書けない、思い違いをするなど老人によくある問題は、一通り経験済みです。それまでなかったことや、滅多になかったことが度々起こると、さすがに心配になります。しかし、考えてみればそれも年相応のことのようなので、自分なりに分析して対処法を講じながら向き合っています。
対処というのは、状況を把握していないとできません。そこでまずメカニズムを考えることから始めました。物や人の名前が出てこないとき、言いたいことが喉の手前まで来ているのに、言葉になって口から出てきません。このようなことが起こる原因を自分なりに考えてみたのです。
以下は私の立てた仮説です。脳の中で起こっていることを比喩的に表現してみました。まず頭の中には言葉のつながりのようなものがあると推測しました。見つけたい言葉は高い場所にある袋の中に入って記憶されています。そしてなにかの名前を思い出そうとしたとき、ふつうはそのなにかの持つ属性に反応する形で、関連する言葉が袋の殻を破って降りてきます。属性というのは、その見つけたいなにかが持つ特徴や性質のことです。そして、加齢はこの反応を鈍らせるもので、言葉と属性の間にまるで見えないバリアがあるかのようになり、言葉の袋の殻が破れにくくなるため、「言いたいことが喉まで出てきているのに口から出てこない」というふうになるとみています。