よく比較対象となる紫式部は、下衆のことは「下衆」としか書かず、話す言葉もわからない存在としています。清少納言は下衆が歌を歌った、自分の家が火事になったと愚痴をこぼしたなどと書き記し、会話しており、近しいものとして描いています。紫式部のような型にはまった身分意識を持っているものとは違う柔軟さがあり、『枕草子』に躍動感を与えていると思います。

――清少納言の柔軟さ、おもしろさは生き方にも表れていますね。彼女は読者に「女子たちよ、女房(侍女)になって出会いをつかもう」「男子たちよ、女房だって結婚相手として悪くない」と促し、仕事と結婚、両方の獲得を目指していたそうですね。

「女房は玉の輿に乗れるのでおすすめだ」と、こんなにはっきり書いている文学作品はあまりありませんが、実際、清少納言もさまざまな男性と出会い、言い寄られたり関係を持ったりしており、女房に出会いが多いことは事実。清少納言以外にも、大臣と女房の恋愛の歌が多数残っています。

 公家の娘であれば女房になることは零落を意味し、女房になるくらいなら出家したいと泣いて嫌がることもあります。一方で清少納言のように先が見えている身分にとっては、女房の世界は自分として生き、しかも社会に出てさまざまな人と触れ合えるチャンスがごろごろしている場だと考えていたようです。(文/安楽由紀子)

著者プロフィールを見る
山本淳子

山本淳子

山本淳子(やまもと・じゅんこ) 1960年、金沢市生まれ。平安文学研究者。京都大学文学部卒業。石川県立金沢辰巳丘高校教諭などを経て、99年、京都大学大学院人間・環境学研究科修了、博士号取得(人間・環境学)。現在、京都先端科学大学人文学部教授。2007年、『源氏物語の時代』(朝日選書)で第29回サントリー学芸賞受賞。15年、『平安人の心で「源氏物語」を読む』(朝日選書)で第3回古代歴史文化賞優秀作品賞受賞。選定委員に「登場人物たちの背景にある社会について、歴史学的にみて的確で、(中略)読者に源氏物語を読みたくなるきっかけを与える」と評された。17年、『枕草子のたくらみ』(朝日選書)を出版。各メディアで平安文学を解説。近著に『道長ものがたり』(朝日選書)など著書多数。

山本淳子の記事一覧はこちら
暮らしとモノ班 for promotion
2024年Amazonプライムデー開催間近!いつから開催か、おすすめの目玉商品などセール情報まとめ。八村塁選手が厳選したアイテムを紹介する特集も!