周りを見れば、みな手に持つ卵の性別や顔つきが違う。しかしどの夫婦も渡された卵を慈愛に満ちた目で見つめていた。性別や顔は選べなくとも、愛する人と一緒に我が子として手に抱けば、それは間違いなく世界一愛しい我が子なのである。
そんなこんなで私とマミと大介の三人家族の生活が始まった。大介には牛乳パックに綿を詰めた特製のベッドを作った。ふわふわの綿に埋もれ、大介も心なしか嬉しそうに見えた。
話し合いの末、家に大介を連れて帰り登校時に家庭科室に預けるのはマミ。下校時にお迎えに行ってマミに手渡すのは私の仕事と決まった。
放課後、先生に言われた通り家庭科室へ向かうと、入り口の隣の棚の上に大きなカゴが置かれていた。カゴには「◯◯保育園」と貼り紙がしてある。どうやらこれが保育園の代わりらしい。
カゴの隣のノートには、朝の送りを担当した人が、子どもの名前と何か一言コメントを書くことになっていた。
興味本位でノートをのぞき込むと、『昨日もいい子でした』 『特に何もありません』と当たり障りのないことを書いている子もいれば、『昨日は夜泣きがひどくて大変でした』といった空想上の苦労を綴っている者もいた。
そんなアホな、と茶化したい気持ちが微塵も湧き上がらないことに我ながら驚く。大介をただの卵ではないと認識し始めている紛れもない証拠なのだろう。
学校の端の端にある家庭科室は私たちの教室からバカみたいに遠く、一日の終わりに足を運ぶのは正直なところ面倒極まりなかったが、大介が私を待っていると思うと不思議と足取りは軽くなっていた。
家庭科室の前で迎えを待つたくさんの卵たちの中から大介を見つけると、大介の表情がパッとほころんだような気がして、ますます愛おしさが込み上げた。
3日が経った。大介は私たちの生活になくてはならない存在になっていた。
授業が終わり、部室に大介を連れ帰ってきた私は送り担当のマミに手渡す前に「ちょっと大介の顔を見せとくれ」とせがんでは、彼の変わらぬ微笑みに癒された。