性被害を名乗り出るハードルが高いことを裏付けるデータもある。Springは20年、「性被害の実態調査アンケート」を実施した。5899件の回答があり、被害の後、「警察に相談したことはない」と答えた人は83.8%に上った。
「まず、被害を訴えても適切に被害が認められるという安心感がないということ。そして、性被害に遭うのは恥ずかしいというスティグマの気持ちもあると思います」(納田さん)
関東地方に住む女性(40代)はこう話す。
「やはり周囲には言えません」
実の父親と兄から、小学校高学年から中学生まで性暴力を受けてきた。しかし、いつも「私が悪い」という気持ちでいた。父親が正しくて自分が悪いから被害を受けてきた、黙っているしかない、と。
法律と教育の両輪で
だが、やがて自分は悪くない、被害者だとわかってきた。その苦しい胸の内をわかってもらいたくて2年ほど前、信頼できると思っていた職場の先輩女性に、勇気を振り絞り、性暴力に遭ったことを打ち明けた。先輩女性は臨床心理士の資格も持っていたので、アドバイスもくれるかと思っていた。しかし、返ってきたのは、「忘れなさい」「今さらウジウジしたってしょうがないでしょう」という言葉だった。ある程度の覚悟はしていたが、やはりショックだった。
「また同じように言われるのが、怖いです」(女性)
性暴力の二次被害をなくすにはどうすればいいか。
冒頭の女性を支援する、「聖路加国際病院チャプレンによる性暴力サバイバーと共に歩む会」会長で元日本社会事業大学准教授の山口幸夫さんは訴える。
「性暴力被害者支援の拡充や、ヘイトスピーチ解消法のように二次加害禁止法の策定が重要です。また、いま国会で議論が進んでいる、性犯罪歴を確認させる新制度『日本版DBS』の領域を宗教や医療等にも拡大し、独立した人権救済機関の設置も必要。そして性被害当事者の視点から、社会の意識の変化を呼びかけたい」
弁護士の望月さんは、「法律と教育の両輪で行うことが重要」と説く。22年7月に侮辱罪が厳罰化された。同年10月にはプロバイダー責任制限法も改正され、発信者情報の開示までの時間が短縮された。誹謗中傷をすれば法で罰せられる可能性があると周知することがまず大切だという。
「そして教育です。人権を基盤に据えた人間関係や性の多様性など幅広く学ぶ包括的性教育と、性被害に遭った人を絶対に責めてはいけないという基本的な人権教育が重要です」(望月さん)
言葉は凶器になり得る
Springの納田さんは、「二次被害の問題を乗り越えなければ、本当の意味で被害者は救われない」としてこう話す。
「性暴力は『魂の殺人』です。その被害に遭った人を責めるのは恥ずかしいこと。人権侵害でもあります。勇気を持って声を上げた被害者の声を排除し誹謗中傷するのではなく、声を上げた人を理解し、支援してほしい。そして、自分が被害を受けたらどう思うかという想像力を持ってほしい」
先の40代の女性は言う。
「言葉は、ときに鋭い凶器となります。軽い気持ちから言ったり書いたり、SNSで発信することがあるかもしれません。けれど、受け取る側はとてつもなく傷つき、引きずります。言葉は凶器になり得ることを、知ってほしいです」
(編集部・野村昌二)
※AERA 2024年2月5日号