松本さんはヘルペスを最近発症したことや、週に3回朝に勃起するという話をしていた。
びっくりした。居酒屋で男性サラリーマン集団が大声で話し顰蹙(ひんしゅく)を買う話題と同レベルである。まだまだ勃起するとか、セックスしているとか、何回しているとか、風俗に行った話とか……。見せられているのは「お笑い」というより、男どうしの密着した”シモ”による連帯である。それを面白いと思える人たちが番組を作って、それを笑える人たちがテレビを見ている。
上沼恵美子さんは、今回の週刊誌報道を受け、松本さんの芸能活動休止を惜しみながらも「(報道が事実だとしたら)私も、一応女やっているんで、吐きそうになった」と話した。元カレが松本さんを性接待していたと報道された鈴木紗理奈さんは、テレビで「キモい」と表現していた。まさに「女やっているんで」わかるキモさである。
男たちが“シモ”で連帯するキモさ。そういうキモさが権力を持っているふうのキモさ。
松本さんの番組では「森三中」も出演していたが、全く存在感がなかった。男性の“シモ”の連帯には女芸人がどんなに媚びても入れないのだ。
ただ、そういう女芸人の惨めさを見せられることも含めて、この現象は「お笑い業界」に限ったことではない。はっきり言って、日本中、隅々どこにでもこの空気はある。ビジネスの世界でも、政治の世界であっても。
特に政治やビジネスの世界など、「いつ暴かれるのではないか」とひやひやしている人は少なくないのではないか。大手銀行が大蔵省の役人を「ノーパンしゃぶしゃぶ」で接待していたことが問題になったのは26年前の話だが、昼間の会議ではなく夜の男たちの性接待込みの密談で決まる風習は、決して今だって廃れているとは言えない。