読書家の書棚にはどんな本が並べられているのか。池波正太郎さんを師と仰ぐ、作家の山本一力さんの書棚を見せていただいた。AERA 2024年1月1-8日合併号より。
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「池波正太郎先生の仕事場を見せていただいたとき、物書きの仕事はこうやるんだと、その部屋の机に向かって頭(こうべ)を垂れました。机の上には今書いている原稿に必要な本が数冊。机の背と壁に1台ずつ書棚があるくらい。図書館のように飾る本は皆無です。あるのは今使っているものだけ。それを自分も真似しようと思いました」
山本一力さんの仕事場と本棚は、その言葉を表したものだ。
執筆をする近くの本棚には中浜万次郎に関係する本が“雑然”と並び、本が動いていることを感じさせてくれる。
「『ジョン・マン』シリーズは完成していません。まだまだ連載を続けなきゃいけないから手元に置いていますね。『漂巽紀畧 全現代語訳』はジョン万次郎が見聞きした西洋のことを河田小龍が絵にしたもので、ついつい見入ってしまいます」
本棚には他に『大江戸ものしり図鑑』や『江戸時代町人の生活』など、実用的な資料としての本が並ぶ。『カメの甲羅はあばら骨』は亀などの動物たちの体の構造がどうなっているかを人間の体を使ってイラストを交え解説している。
「『亀甲獣骨』という作品を書くとき、亀のしくみを知るのに非常に役に立ちました。面白い本ですね」
こうした資料としての本は取材で訪れた地の博物館や地元の本を扱う書店で図録や書籍をよく入手するそうだ。
「『長崎丸山遊廓』は赤瀬浩さんという活水女子大学の先生が出している本です。この人が手掛ける資料を長崎で手に入れ、この人の本にも興味を持ちました」
山本さんはこれらの本を資料として参考にするが、文献を引用したり、資料を首っ引きにしたりして執筆するのではない。
江戸の町や人を題材にする小説の場合は江戸に関する資料を読み、そこにある出来事、人の思いなどを自分の中に取り込んで、心の中で醸成させ物語として紡いでいく。執筆しているときは、その時代の町を心の中で歩き、人の声を聞き、そして世の中を見つめる。だからこそ山本さんの物語には人々の息遣いが聞こえるのだ。なぜなら、そこで「見たこと、聞いたこと」を書いているからだ。
「物語というのは頭の中で動いているんですよ。動いている人物は自分の中にできているんです」
師と仰ぐ池波正太郎の本について聞くと、
「この一冊というのは難しいけど『食卓の情景』は読んですぐに目黒の『とんき』に行ったくらい衝撃を受けました。小説では『剣客商売』。物語に登場する三冬(みふゆ)には惚れましたね」