安倍晋太郎氏のパーティー収入は「12億円」
今から36年前の興味深い新聞記事がある。1987年、朝日新聞は6月19日の朝刊で「政治家パーティー、批判よそに花盛り」という記事を掲載している。
記事の書き出しで「このごろ都ではやるもの、夜ごと夜ごとの政治家パーティー」という“戯れ歌”が永田町ではやっていることを紹介し、自民党の各派閥がパーティーに血道を上げている姿を生々しく報じた。
中曽根康弘が首相を務めたのは1982年11月から87年11月。記事が掲載された87年6月は「ポスト中曽根」の座を巡って安倍晋太郎、竹下登、宮沢喜一の3人が激しく争っていた時期だ。
記事では当時、自民党の政調会長を務めていた安倍晋太郎が86年10月に開いた「清和会(安倍派)会長就任祝賀会」のパーティーで約12億円の収入を得たと紹介。首相をトップに抱く中曽根派が87年4月に開いた「日本の前途を語る会」は5億円にとどまり、2倍以上の差がついたと報じている。
ちなみに、記事にはロッキード事件で「政治とカネ」の問題が浮上したとことも指摘し、大平内閣の時に「個人本位の選挙から政党本位の選挙に移す」「政治家の私人としての経費と政治活動に必要な経費を明確に区分する」などの対策が示されたはずだとくぎを刺している。今と全く変わらない議論がされていたことに驚かされる。