「岸部のアルバム」「ふぞろいの林檎たち」などドラマの名作を生み出した脚本家の山田太一さんが亡くなった。89歳だった。2009年に12年ぶりにドラマを手掛けた際に、週刊朝日でインタビュー。テレビドラマを書かなくなった理由や作品に通底する人生観を語っていた。山田さんを偲び、週刊朝日2009年1月16日号の記事を配信する。(年齢、肩書等は当時)
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もう書かないと決めていた連続ドラマの脚本を山田太一氏が12年ぶりに執筆した。1月8日から始まるフジテレビ開局50周年ドラマ「ありふれた奇跡」だ。「岸辺のアルバム」「ふぞろいの林檎たち」などの作品を手掛けてきたドラマ界の巨匠を訪ね、久々の連ドラを糸口に踏み込んだ質問をぶつけてみた。
(聞き手 岩切徹)
--面白いタイトルですね、「ありふれた奇跡」。
山田 いつもタイトルは悩むわけだけど。ある若い人から「奇跡ってありふれてないから奇跡なんじゃないですか」といわれましてね、ああ、そういうふうに伝わらないんだと思った。テレビのタイトルは難しい。
--山田さんのドラマ名は、どこか絵画的ですよね。「ふぞろいの林檎たち」はちょっとセザンヌの静物画っぽいし。
山田 ははは。
--奇跡といえば、山田さんの親子論『親ができるのは「ほんの少しばかり」のこと』の中にこんな一節を見つけました。「平板で退屈な日常はじつは奇跡に支えられてやっと存在しているのかもしれない」。
山田 すべてが自分の努力というか自由意思でなんとでもなると思うのはとんでもないことだと思うんです。たとえば容貌や家族を自由意思で選べるとしたら全部自己責任になり、それだけでヘトヘトになってしまう。つまり私たちは自分ではどうにもならない宿命性みたいなものに縛られているし、それに救われてもいるんですね。運不運も大きい。今の日本が長寿国であり、ほとんど餓死者を出さないですんでいるのも、かなりの部分はラッキーだったということでしょう。もちろん日本人の努力を否定はしませんが、それくらいに思ってたほうがいいとぼくは思うんですよ。
--現在74歳。山田さんは戦争をご存じです。
山田 今の70代は戦争を小中学校のころ体験している世代です。少年期に戦争が終わって価値観が激変しますが、そんな大げさなことではないとずっと思っていた。でも70歳を過ぎて振り返ってみると、戦後の飢餓を経験しているんですね。飢餓の時代はそれ以後ないから、やっぱりその世代独特のものがあるのかなあと思う。