
千葉県の南東、房総半島を代表する海岸のある御宿町に暮らす岡嶋和幸さんは、地元の風土を題材に海岸や川沿いを歩き、作品を写している。
「千葉県は他府県と海や川に隔てられた環境で、さまざまな動物や植物が帰化し、独特の生態系をつくっている。それを背景に作品を撮れたら面白い」
そのイメージが、「『キョン』の生息する秘境の島」だという。キョンは全長1メートルほどの小型のシカで、御宿町では普通に見られるらしい。
「キョンというと、八丈島(東京都・伊豆諸島)の固有種だと思っている人が少なくないんですが、実は違うんですよ」
誤解を招いた原因は40年以上前にはやった山上たつひこのギャグ漫画「がきデカ」だ。主人公・こまわり君の決めぜりふの一つが「八丈島のきょん!」だった。
そのキョンが今、千葉県で大繁殖しているという。
もともとキョンは中国南部や台湾に生息する野生動物だが、県の調査によると、1960~80年代に房総半島を中心に定着したらしい。
その移入源とされるのが御宿町の西10キロほどのところにあった南国のパラダイスをテーマにしたレジャー施設「行川(なめがわ)アイランド(2001年閉園)」だ。

人の叫び声みたいにギャー
筆者は昔、行川アイランドを訪れたことがある。敷地は「アイランド」=島ではないが、入り口の長いトンネルを抜けると海と山に囲まれた、秘境を感じさせる場所だった。そこにキリンやラクダなどが展示されていたほか、フラミンゴやクジャクのショーが人気だった。キョンも飼われており、ときどき脱走したらしい。
逃げ出したキョンにとって千葉県はよほど住み心地がよかったのだろう。生息域は年々拡大し、近隣県に近い県北部の柏市でも目撃されるようになった。現在、生息数は約5万頭(20年度)。
「ある意味、施設の閉園後、千葉県全域が『行川アイランド化』ししつあるわけです」
そんなことを思い浮かべながら撮影をスタートしたのは昨年11月。太平洋に面した外房の海岸を歩いた。