貞鏡の原点が国立演芸場。「父を観たのは確かこの席でした」。オフィスエムズ・加藤浩は、「理想の講談にストイックなまでに突き進んでいる」と言う(撮影/鈴木愛子)

 貞山は女性も含めて何人もの入門希望者を断ってきた。講談への強い美意識と想いが自身以外の芸人を育てる方向には向けなかったのだと思われる。だから貞鏡の入門はやはり父親としての愛情なのだ。貞山は60歳のとき心臓病を患った。安静にしていればいいが、高座で1時間も喋(しゃべ)るなんて自殺行為だと医師にいわれても、後者を選んだのは、貞鏡に伝えていきたいという一心だったはずだ。細かいことはいっさい話さない口の重い貞山が、講談師の骨格を作るべく貞鏡に基本を激しく叩き込んだ。

「もっと声を低く、もっと低く読め!」

「腹から声を出して響くような声を作れ!」

「もっと歌い調子で読め!」

 腹式呼吸を徹底的に仕込まれ、稽古を重ねた。源義経と主従を描いた軍記物「義経記」を読んだときは、「なかなかいいよ」とぼそりと言ってくれた。貞山と中学・高校時代からの付き合いで講談会の手伝いもしてきた三井英治(76)と廣川敬三(75)は珍しく貞山が貞鏡を褒めるのを聞いたことがあった。

「あいつには華があるんだ」

 4年の前座修行を経て、二ツ目に昇進した貞鏡は勉強会などさまざまな会に果敢に挑戦しだした。毎回盛況だった師匠貞山との親子会では、終演後貞鏡に、挨拶や握手を求める男性客の長い列ができ、その横で喜びを押し隠すように無言で立っている貞山の姿が印象的だったものだ。二ツ目として活躍して11年、今年10月、貞鏡はついに真打に昇進した。

(文中敬称略)(文・守田梢路(もりたこみ))

※記事の続きはAERA 2023年12月4日号でご覧いただけます

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