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 2024年のNHK大河ドラマ光る君へ」は、平安時代を舞台に世界最古の長編小説といわれる「源氏物語」を生み出した天才女流作家・紫式部の人生を描く。ドラマ放送前に紫式部がどんな人物だったのかチェックしてみてはいかがだろう。『藤原氏の1300年 超名門一族で読み解く日本史』(朝日新書)から一部を抜粋、再編集して紹介する。

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夫に先立たれた悲しみの中で

 女房は貴人に仕える侍女で、房(部屋)を与えられた比較的地位の高い女性をいう。外戚の地位をねらうトップクラスの貴族たちは、娘を入内させる時、優秀な女房を選んでかしずかせた。天皇には複数のキサキがいたから、娘に皇子を生んでもらうためには、天皇をひきつける魅力が必要である。親たちは才女を仕えさせることで娘に高い教養を身につけさせるとともに、娘をとりまくサロンの魅力を高め、天皇の歓心をかおうとしたのだ。

 一条天皇の中宮彰子のサロンには赤染衛門、和泉式部ら当代一流の歌人が仕えたが、中でも抜きんでた学才と文学的才能にあふれた女性が紫式部であった。父は学者の大江匡衡が「凡位ではもったいない」と評した一流の文人藤原為時、母は学者を父にもつ藤原為信の娘である。両家系から文芸の才を受け継いだ式部は、幼い頃から才気にあふれていたらしい。父為時が嫡子の惟規に漢籍を教えていると、そばで聞いていた式部のほうがよく覚えたため、父が男子でないのを残念がったという逸話が『紫式部日記』に記されている。

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結婚生活はわずか三年ほどで終わった