羽生結弦(撮影/写真映像部・東川哲也)
羽生結弦(撮影/写真映像部・東川哲也)

 震災当日の11日は様子が違った。演技中、羽生さんは幾度も氷を手で触れ、最後のあいさつでは声を詰まらせた。会場であるセキスイハイムスーパーアリーナは、震災時に遺体を安置する場所として使われていたのだ。

「ここは宮城県民、仙台市民、そして全ての人々にとって本当に特別な場所です。ここに氷を張って、3月11日という日に僕が演技をしてしまってよいのだろうか、という戸惑いはすごくありました。ただ今日、ちょっとでも希望や優しさを感じる時間ができたのではないか、僕が生きて今日という日をこの会場で迎えることができたのは少しでも意味があったのではないか、と自分を肯定できます」

 同日、会場に隣接して置かれた献花台は黙祷(もくとう)を捧げる人であふれた。この日にこの場所でショーを行ったことの重みを物語っていた。

■「全てを背負って進む」

 12日の千秋楽は空気が一変した。「希望」の意味合いが強くなる。グランドフィナーレ後にはサプライズでBTSの「Dynamite」が流れ、羽生さんが生ダンスを披露。最後のあいさつは笑みをたたえながら約7分間、思いを口にした。

「昨日はあんなに苦しくて、悲しくて、つらい日でしたが、1日経ってみると、悲しさを越えて前に進んでいかなきゃ、僕が暗い気持ちになっていたらだめだと思って頑張ってはっちゃけて、希望になろうと思って頑張りました。(中略)皆さんに希望を届けることができて幸せであると同時に、これからもいろいろなことを背負って、スケートのためだけに日々を過ごしたいと思っています。精いっぱい、自分の幸せを削ってでも、羽生結弦として全てを背負って進んでいきます」

 羽生さんが演技にこめた思いは変化していった。初日は新たなコラボレーションへの挑戦も含めた希望への「願い」、11日は自身の「葛藤」、そして12日は「決意」へ。あの日の悲しみを背負い、希望へと変化させ、伝えていく覚悟。28歳の胸に、たしかな魂が宿っていた。(ライター・野口美恵)

AERA 2023年4月3日号

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