ソフトバンク監督時代の工藤公康氏

 巨大な戦力を有していてもプロ野球の頂点に立つのは簡単なことではない。今季のソフトバンクも昨オフに超大型補強を敢行したにも関わらずリーグ制覇を逃した。

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 そんな中、戦力が充実していたとはいえ、ソフトバンクを“常勝チーム”に作り上げた工藤公康氏の手腕が再評価されている。

 工藤氏はソフトバンクを指揮した7年間で5度の日本一、3度のリーグ制覇、Aクラス入り6度の結果を残した。監督通算558勝(NPB歴代28位)を挙げ、勝率.596は南海(現ソフトバンク)のレジェンド・鶴岡一人氏の.609に次ぐNPB歴代2位。巨人V9時代の指揮官・川上哲治氏の勝率.591をも上回っている(勝率は通算500勝以上の監督)。

「とてつもなく素晴らしい実績。在任期間が7年間と短かったこともあり印象は少し薄い感じもあるが球史に残る名監督。現役時代のヤンチャで少し騒がしいイメージとは異なり、どっしりと腰を落ち着けた勝つための采配をふるっていた」(球団OB)

 現役時代は西武、ダイエー、巨人、横浜で活躍。球界屈指の左腕として通算224勝を挙げた実績はもちろん、14度のリーグ優勝と11度の日本一を経験するなど、「優勝請負人」として、誰よりも“勝利”を経験した選手だった。

「プロ入り直後は多少、自分の結果のために投げているところも感じた。しかし常勝・西武の一員として多くの修羅場をくぐり、チームの勝利を何よりも優先するようになった。ベテランになってからは若手選手を育てるために自ら泥を被るようなこともあった。プロ野球選手の鏡のような男」(元西武担当記者)

 ダイエー時代にはバッテリーを組んだ城島健司のサイン通りに“あえて”投げ続け配球を考えさせるなど、試合中に若手を教育する場面もあった。また、体の正しい使い方、練習の大事さを口を酸っぱくなるほど説き続け、他の選手たちの成長を促した。

「西武3年目の米国留学でマイナー選手たちの過酷な生存競争を見た。練習によって徹底的に技術を磨き、体を作ることで一流のプロ野球選手になれることを悟ったようです。監督になってからも選手たちからうるさいと思われても厳しい練習をさせていた」(ソフトバンク担当記者)

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なぜ工藤監督時代は強かったのか