麺にまつわる短篇が37本! 壮観である。
ラーメンに蕎麦、うどんにフォー。出てくる麺もいろいろなら、作者もいろいろ。椎名誠による人選がかなりバラエティに富んでおり、目次を眺めているだけでも楽しい。内田百けんや古今亭志ん生がいるかと思えば、角田光代や江國香織の名前もあるし、辺見庸や池部良もラインナップされている。そこから気になる数篇を選び出し麺を啜り込むようにズッズッと読み進んでゆけば、食欲は刺激され、読書欲は満たされ、日本の麺カルチャーにも詳しくなれるという手筈だ。
昭和23年の冬に生まれて初めて醤油ラーメンを食べたという渡辺淳一は、その時のことを次のように振り返る。「顔一杯に湯気を浴びながら、わたしはこの美味しさにまた驚いた。少し大袈裟にいうと、こんな旨いものが世の中にあったのか、と溜め息をつくほどの旨さであった」……当時は食糧事情が悪く「薯か薄い雑炊」で飢えを凌いでいたというから、とんでもなく旨かったに違いない。
正統派の「旨い麺の話」を掲載しておしまい!じゃないのが本書の素晴らしいところ。「さして旨くもない麺の話」もちゃんと載っているのである。
椎名誠は、かつて山梨の「吉田うどん」をきちんと取材できなかったことを後悔し、数年後に再度チャレンジするのだが「はっきり書いてしまうが、これはそんなにさわぐほどのものではない、ということがわかった。固いうどんである」と語っていて、このガッカリ感には思わず笑ってしまった。しかも、これが本書に収録された1本目の短篇である。
しかし、旨い麺だけをえこひいきして崇め奉ったりしないこの姿勢が非常にチャーミングというか、本書を「信用に足る本」だと思わせているのではあるまいか。この世には、旨い麺、不味い麺、普通の麺がある。食べるのであればもちろん旨いに越したことはないが、読むのであれば、どんな麺の話も面白い!
※週刊朝日 2015年6月12日号