撮影に向かうバスの中でも、冷静に考えると「できない」となってしまう。でも、現場に入り支度をしていると、そこには覚悟を持ったスタッフがいて、監督がいる。するとバスの中ではあんなに悩んでいたのに、だんだんと悩まなくなっていく。監督が情緒に対する言葉を掛けてくださり、さらに現場の方々のエネルギーに誘われていった感覚があります。スタッフの方々が素晴らしかったですね。「絶対にこの船は行き着くぞ」という、異様なエネルギーがあって。

石井:現場って面白いもので、色々な人が相関関係にあるから、誰か一人が強いエネルギーを発すると、周囲も影響されていく。「これだけの覚悟を持った宮沢さんには、同じだけのエネルギーで臨まないとバランスが取れない」という思いでスタッフが頑張ったところもあるし、その逆もあったと思います。そういう宮沢さんに向き合う時の言葉として「情緒」という言葉が僕のなかから自然に引き出されたのではないかと思います。

なぜ撮られているのか

宮沢:いま思い出したのですが、夫役であるオダギリジョーさんと個人的な感情をやり取りする場面で、「カメラに映されている」ということに違和感を覚えてしまったことがありました。今までずっと撮られ続けてきている人生にもかかわらず、「なぜ、この顔がいまカメラに撮られているのだろう」という感覚が降ってきた時があって。とても混乱しました。時間が経ったいまも答えは出ないけれど、あのときは芝居をしていなかったのかなと考えてみたり、それまで味わったことのない不思議な時間でした。

石井:僕としては、「ぼくらの七日間戦争」を観ていた人間が、まさか35年後に宮沢さんを前に「新人女優じゃないんだから」と声を掛けることになるとは想像だにしていなかったわけです。

宮沢:そう、「新人女優じゃないんだから」って(笑)。空気を変えようと絞り出してくださった言葉がそれだったんですね。

石井:“俳優研究家”の僕としてはすごく面白い経験でした。うまい言葉が見つかりませんが、間違いなく未知なる場所に行こうとしている人間を直視するのは、言葉が悪いですがすごく面白かったです。めったに見られるものではないですから。

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