作家の洋子は、重度障害者施設で働き始め、自分と生年月日が同じ入所者や、同僚たちに出会う。10月13日公開(c)2023「月」製作委員会

未知の世界で迷子に

――長いキャリアを経て、洋子という役に出会えたことをどのように捉えているのだろう。

宮沢:あまり深く考えたことはありませんが、公開される日がくるのが怖く、「公開される」という言葉自体がしっくりきていないという感覚がまずあります。先ほどから監督は「ぼくらの七日間戦争」とおっしゃってくださっていますけれど(笑)、これまで色々な作品に携わってきて、どれくらい観てくださった方の記憶に自分が刻まれているのかはわかりませんが、明らかにこの「月」という作品での私は、「皆さんの記憶にこびりつきたい」と思って今までやってきたなかでも、かなり濃度の高いものがこびりついてほしいと思っているし、そんな役に自分の人生のなかで出会えたことは幸運だったなと思っています。

石井:物語のなかで描かれている重度の障害者施設は、僕も今回、この映画を作らなければ見ることもなかったでしょうし、恐らく入ることもなかった。大半の方が入ったことも、見たこともない場所だと思います。入ったら何がわかるか、というものではないですが、そこには見たことのない世界が広がっている。辺見さんの小説も、僕の脚本もそうですが、どんどん未知の世界に入り込み迷子になっていく。それを頭のなかで想像したり観念として理解しようとしたりするのではなく、実感を伴うことができるのは、宮沢りえさんという「身体」を伴ったからこそだと思います。見たことのない世界と観客の皆さんを、宮沢さんが繋いでくれる。その出来事自体が特別なことであり、宮沢さんと一緒に迷子になっていくという体験を作れたことが、映画の価値なのではないかと思っています。

(構成/ライター・古谷ゆう子)

AERA 2023年10月16日号

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