『脱税の世界史』大村 大次郎 宝島社
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 国が成り立つために必要な「税金」だが、我々を常に悩ませる存在と言っても過言ではないだろう。市民税に固定資産税、消費税などありとあらゆるものに税金は課されている。しかし税金に悩まされているのはどうやら現代人だけではなかったようだ。古代ギリシャやエジプト、中国・秦の人々が生きていた時代にも税金から逃れるための「脱税」はおこなわれていたという。

「世界中の太古の文献に、脱税に関する記述がでてきます。たとえば、中国を最初に統一した秦の時代の古文書に、脱税に関する罰則が記されているものがありました」

 今回ご紹介する書籍『脱税の世界史』(宝島社)の著者は、元税務調査官の大村大次郎氏。同書は「脱税」を通じて世界史をたどるという、少し変わった視点の歴史書(?)だ。先述した中国・秦の始皇帝は「人頭税」を15歳~65歳までの男女に課していたそうだが、遺跡から戸籍をごまかさないよう注意を促す文書が発見されている。このことから年齢をごまかし、嘘の戸籍申告をする者が多くいたと考えられている。

「国家とは税金である」(同書より)

 大村氏が同書の冒頭でこう言い切っているように、戦争や革命など国家を揺るがす事象が起きる前には「税制の破綻」がある。第7章「ヨーロッパ市民革命は脱税から始まった」や第8章「脱税業者が起こしたアメリカ独立戦争」の内容は興味深い。

 フランス革命は贅沢三昧の王室に業を煮やした民衆が起こした革命と歴史で学ぶが、実際は聖職者と貴族がフランス国内の90%の富を独占していたといわれている。しかも聖職者と貴族に限っては税金も免除されていた。フランスでは土地にかけられる「タイユ税」、現代でいうところの固定資産税に近い税金が国民(主に農民)に課されており、かなり大きな負担となっていた。もちろん貴族と聖職者、及び官僚はタイユ税を免除されていた。

「実は、ルイ16世は、かなり国民思いの国王だったようなのです。というのも、この財政危機に際し、これ以上、国民から税を取らずに、貴族や教会(聖職者)に税を払ってもらおうと考えたからです」(同書より)

 ルイ16世は財務長官にスイスの銀行家であるジャック・ネッケルを起用して財政の立て直しを図るが、もちろん貴族と聖職者の反感を買った。ネッケル氏は対抗して「国家の歳入・歳出を公開する」という苦肉の策を講じたのだが、怒りの矛先が王室へと向かってしまいルイ16世は処刑されてしまうことになる。

 ユダヤ人を大量虐殺したナチスのヒトラーも節税には苦労していたようだ。ヒトラーの著書『我が闘争』で得た収入は現代の日本でいうと25億円ほど。収入の半分くらいの印税を納めなければならないのだが、実際は3分の1程度しか支払っていなかったという。1933年にナチスが政権を握ると、ミュンヘンの税務署長が忖度して滞納額を帳消しにしたそうだ。

 ヒトラーは私たちになじみ深い税金徴収の原型をこの頃に作っている。「源泉徴収」と「扶養控除」の制度だ。労働者にとっては年に1回大きな税金を払うのではなく、毎月少しずつ税金が徴収される負担を感じにくい制度と言えるだろう。国としては会社があらかじめ天引きしてくれるため、取り立ての必要がないというメリットもある。

「労働者は手取り額しか見ませんので、もし手取り額が思ったより少なかったとしても、税金が高いのか、給料が安いのか簡単に判断がつきません。
そのため増税をしやすいのです」(同書より)

 国が税金を徴収するシステムは古代も現代とさほど変わらないようだ。むしろ現代の日本よりも先進的だと大村氏が語るのが古代ローマの税制である。古代ローマでは持っている財産によって税率が変わる仕組みがあり、贅沢品(宝石や豪華な馬車など)には最高10倍の税金が課せられていた。

「『富裕層ほど税率を高くする』という累進性を世界各国が採り入れ始めたのは、20世紀に入ってからのことです。日本の消費税などは、現在でも、米もダイヤモンドも同じ税率という非常に雑な仕組みになっています」(同書より)

 さらに古代ローマには「戦争税」というものもあった。戦争時、富裕層は国家に融資する義務が課せられていたのだが、戦争に勝って戦利品があった場合は融資した額に応じて「配当」があったという。どの時代も国は税を徴収するために四苦八苦していたようだ。

 同書は「脱税と歴史」が主たる構成となっているが、現代の税制も絡めた考察は我々に「今のままでいいのか?」と疑問を投げかける。国家が滅ぶ典型的な道筋として「官僚の腐敗→税収減→埋め合わせのための増税→民が疲弊→国家が崩壊」という流れがあるそうだ。日本はすでに「埋め合わせのための増税」、もしくは「民が疲弊」あたりまできていないだろうか? などと考えてしまった。