批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。
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森達也監督の映画「福田村事件」を観た。
表題は、関東大震災の5日後、千葉県の農村で起きた香川県出身の行商人虐殺事件を指す。虐殺は隣村住人を加えた村ぐるみで行われ、幼児・妊婦を含む9名が殺された。
関東大震災の直後には群集心理の暴走で多数の市民が殺された。主な標的となったのは朝鮮人だが、中国人や社会主義者も含み、福田村では行商人が犠牲になった。被害者は被差別部落出身で、背景に差別意識があったと言われる。虐殺の中心人物は一旦逮捕されたものの、数年後には恩赦されてしまう。長いあいだ忘れられていたが、郷土史家の努力でふたたび知られるようになった。
福田村事件は日本の暗部である。群集心理の暴走、隠されたヘイト、事件後の忘却など現在に通じる要素が多い。
日本ではこのような事件が映画になることはまずない。「普通の日本人」が加害者になる話は好まれない。資金も集まらない。そんな逆風のなか映画化を実現したスタッフの努力に敬意を表したい。作品は「普通の日本人」の残酷さを隠さずに描いている。温和な村民が殺戮者に一変する場面は目を覆いたくなる。コロナ禍が終わり、SNSでは再び移民・外国人批判が飛び交っている。そんないまだからこそ観るべき作品だ。