撮影:ERIC

 香港出身で、岡山在住のERIC(エリック)さんはコロナ禍の東京でスナップ写真を撮影した。

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きっかけとなったのは、2016年から始まった東京都交通局の情報発信「PROJECT TOEI」。都交通局は都営の鉄道やバスと人々の姿を外国人の視点で撮ってもらい、その写真を駅や車内のポスター、インターネットで発信している。2年前、ERICさんはこの仕事を国際的な写真家集団「マグナム・フォト」を通じて依頼された。

「新型コロナで海外から写真家が来日できないから、国内在住の外国人写真家に東京の街の人を撮ってほしい、ということでした。それで、『どんなふうに撮ってほしいんですか?』と尋ねたら、『ERICさんの作風でお願いします』と言われた」

ERICさんは至近距離からストロボ1発、パンチのきいたスナップ写真を得意とする。

 この仕事はERICさんにとって、新たな挑戦にもなったという。というのも、それまで撮ってきたスナップ写真とは異なり、撮影した全員から承諾を得たからだ。それは「偶然的な要素を装ったセッティングしたスナップ写真」でもあると言う。

「それが成功したので、自分の作品にも生かせると思った。それがすべての始まりです。もうひとつ、理由を挙げると、香港のデモの撮影が終わった後、自分の身体能力が上がったと感じていたから」

撮影:ERIC

自分の体がおかしくなった

 19年、香港で犯罪容疑者を中国本土への引き渡しを認める「逃亡犯条例」改正案に反対する声が上がった。反対派のデモは膨れ上がり、警察との衝突が激化。ERICさんはその様子を撮影した。

「警官隊から催涙弾やゴム弾が飛んでくるのでヘルメットをかぶり、フルフェイスのカバーを身につけて撮影に挑んだ。ファインダーをのぞけないので相手との距離を見定めてピントリングを回し、撮影した。それでノーファインダーで撮る技術がすっかり身についた」

 香港の撮影が終わると、「なんか自分の体がおかしくなった、というか、無性にスナップ写真を撮りたくなった」と言う。

 都交通局の仕事を引き受けたのはそんなときだった。東京に滞在中、空いた時間がもったいので、声をかけない従来の方法でもスナップ写真を撮影した。

「この仕事が終わった後、もうちょっと撮りたいな、と思って、声をかけて撮るスナップ写真と、そうでないものを並行して撮り始めたんです」

 21年秋から1年間、毎月10日間ほど岡山から東京へ通った。

「でも、撮影したのは10日間の半分くらい。それも、午前10時から2時までとか、数時間しか撮らない。30分しか撮らない日もあった。ドキドキしながら撮っていましたから」

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