実際に見ていないものを現実のものとして受け入れることは、非常に難しいものです。その意味では、戦前までは欧米のような恋愛結婚についてほとんどの人が知らなかったと言ってよいでしょう。
ヨーロッパやアメリカでの中流階級の恋愛結婚の状況が知られるようになったのは、戦後の話です。
戦後、次々に入ってくる欧米の映画そしてテレビドラマを通して、親の反対を押し切って好き合った者同士が結婚して生活するという「現実」を大量に見聞きするようになります。映画は、戦前から数少ない娯楽として庶民の生活に入り込んでいましたが、戦中は欧米の映画は上映禁止だったので、大きな変化は戦後に一気に起こりました。
恋愛をあつかった当時の日本映画では、小津安二郎の作品が面白いと思います。恋愛結婚したいけれどもうまくいかなくて、結果的に見合いで結婚するというような話が多いのですが、小津監督は映画の中で父娘関係に焦点を当てています。結婚相手の男性があまり描写されないのも特徴的です。
たとえば「晩春」(1949年)。妻を早く亡くし、娘の結婚を心配する大学教授の父親は「恋愛結婚しないのかな」と思っている。でも、うまくいかない。「じゃあ、お父さんが決めてあげよう」という感じで、自分の妹が持ってきた縁談をすすめる。娘は悩みながらも父親の言う通りに結婚するというストーリーです。