世界水泳で銅メダルを獲得した本多灯

■厳しい勝負になった世界水泳選手権

『惨敗』の文字が踊っていた。

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 7月に開催された世界水泳選手権2023福岡大会。有観客での自国開催の世界大会が久しぶりということもあり、事前の注目度も高かった。選手団も総勢40人。今までにない大規模遠征となり、ファンの期待も大きくふくらんでいった。

 ここまでの流れも、まるで1964年の東京五輪のようだった。アジア初の五輪を自国で開催できる。紆余曲折あったが開催にこぎ着け、そこに立ち向かう日本競泳陣は1960年のローマ五輪までに11個の金メダルを獲得していたこともあり、『史上最強』と謳われて多くのメダル獲得を期待されていた。

 結果は、男子4×200mリレーの銅メダルひとつ。日本の競泳が大きく世界から遅れてしまっていたことを露呈する結果となり、『惨敗』の2文字が紙面を賑わせていた。

 もうひとつ、同じような結果になった大会がある。1996年のアトランタ五輪である。

 事前の日本選手権で出した記録が軒並みメダル圏内というだけではなく、金メダルがいくつも期待できる結果だっただけに、これまた『史上最強』と騒がれた。だが、結果は推して知るべし。メダルゼロに、またも紙面はどこもかしこも『惨敗』と書き立てた。

 そして今回の世界水泳選手権である。結果としては瀬戸大也(CHARIS&Co.)の男子400m個人メドレーと、男子200mバタフライの本多灯(イトマン東京/日本大学)が獲得した、銅メダル2つ。しかも入賞数はたった17種目。人数で言えば、リレーを除くとたったの11人だけしか個人種目で決勝に残っていない。40人の選手団の4分の1である。

 世間の期待から大きく外れてしまった結果に、またしても『惨敗』という声が多くのメディアから聞こえてくる事態となっていた。

 しかしながら、1964年の東京五輪、1996年のアトランタ五輪のときと、決定的に違う事がある。それは『事前の期待値』である。

 東京五輪とアトランタ五輪のときは、明確に大会前にマークされた選手たちの記録が『史上最強』と言っても過言ではない戦力であったことを証明していた。世界と照らし合わせても遜色ないレベルにあり、100%の力さえ発揮していれば、史上最強とまではいかなくても、3~4個のメダルは獲得できていたはずだった。

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アジア大会でも“厳しい戦い”の予感