日本加速器学会の学会誌で、「育児休業のすすめ:ニューヨークで専業主夫になった物理学者」という育休エッセーを発表し、ひそかに話題を呼んだ研究者がいる。高エネルギー加速器研究機構(高エネ研)に所属し、現在2歳半の娘を育てる久保毅幸さん。妻のニューヨーク(NY)勤務を機に、3年近くの育休をとり、家族で渡米した。NYでの過酷な育児の様子などを語った、異色の物理学者のインタビューを、ユーモアたっぷりなエッセーを抜粋(本文《 》の囲み)しながらお届けする。
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――学会誌「加速器」に育休エッセーを寄稿した経緯を教えてください。
「加速器」の編集員の方から、「育児休業中の経験について書いてほしい」と話が来たんです。学会誌ってカタいものではなく、国内外の研究を解説する記事やイベント報告などが載る、いわば情報交換の場。育休は、そんなに驚くようなテーマではないんですよ。
どうせならほかの業界の人が見てもためになる……とは言わないまでも、読もうかなって思うような内容を目指したんですけど、エッセーをきっかけに5社以上の出版社さんから原稿の執筆依頼を頂いて、驚きました。今まで文才があるなんて言われたことはなかったのに。本は年に5冊読めばいいほうだし、日本語で何か書くというと、物理の解説記事か、科研費(研究への助成金である「科学研究費」)の申請書くらい。だからエッセーの文体は、科研費口調に近いと思います(笑)。
《高エネ研の上司・同僚は一切の躊躇なく私の(育休取得の)決断を支持してくれた。一般的に、職場で何かしらの決断をした際、それを同僚が支持してくれるか否かは、諸賢の日々の働きぶりにかかっていると言っても過言ではないだろう。本件で私が同僚達から快いサポートを得られたのも、私が長年にわたり築き上げてきた職場内での評価、すなわち「居ても居なくても同じ人」という評価のおかげである。》