古賀茂明氏
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「構造的賃上げ」というスローガンを掲げる岸田文雄首相。今年の春闘で29年ぶりとなる水準の3.58%の賃上げが実現したことを自らの政策の成果であるかの如く喧伝して胸を張り、その勢いを駆って、次の目標を「最低賃金1000円」に定めた。

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 岸田首相がことあるごとに「1000円」と声高に叫んでいたので、最低賃金を決める今年の厚生労働省の審議会は結論ありきで形式的なものになるのかと思われたが、予想に反して議論は紛糾。7月26日に結論を出すはずだったのに9時間の議論の末持ち越し。ようやく28日に1002円とする目安を決めた。

 しかし、「最低賃金1002円」には全く正反対の二つの問題がある。

 一つは、この水準は先進国としてはとんでもなく安過ぎるということだ。欧州の最低賃金は、ドイツ1749円、イギリス1733円、フランス1679円と軒並み1700円前後。米カリフォルニア州では2091円である(7月26日付「日本経済新聞」電子版に掲載された日本総合研究所のデータ)。豪州では7月から2200円超になり、韓国では2024年から1080円となる予定だ。今どき「1002円!」と叫んでいることだけで、先進国落第の烙印を押されてしまう。

 もう一つの問題は、それとは逆で、1002円は高過ぎるということだ。あまり引き上げ過ぎるとそれに耐えられない中小企業を切り捨てることになるという話で、過去30年間毎年繰り返され今日に至った。

 岸田首相は理解していないだろうが、日本の賃金が低いのは、賃金が「上がらなかった」からではなく、「上げなかった」からだ。歴代自民党政権は、経済界の要請に応えて、日本の労働者の賃金を国際的に見て低い水準に抑える政策を一貫して採ってきた。競争力を失った日本企業の「構造改革なき延命策」として、この政策が採られたのだ。

 先進国になると、生産年齢人口の減少で労働者の立場が強くなる。経済的に豊かになって社会全体に余裕が生まれ、より人間的な生活を保障すべきだという国民の声も高まる。そのため、政府も企業も労働条件を向上させる方向に舵を切らなければならなくなる。これが先進国の条件だと言っても良い。

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日本企業は労働コスト引き下げという安易な方向に逃げた