「14歳です」と答えると「お、14か。大きなからだしているからがんばれ」って言われてね。あのときのことは今でもよく覚えているよ。大鵬さんに口をきいてもらえるだけで嬉しいもんだね。
大鵬さんが風呂に入るときも、下っ端は付け人でもからだを触ることすらできなかったからね。俺が大鵬さんに触れたのも、付け人のときに風呂上がりの大鵬さんが出した足を拭いて、スリッパを履かせる仕事をしたときだ。付け人はたくさんいるから、ランクによって役割分担があるんだけど、スリッパを履かせるのも、ランクが上がってできるようになった。結構上の役割だからね(笑)。背中を流すなんていう次元じゃない。
まあ、俺が大鵬さんの人間らしい一面に触れたのは、初めて話しかけられたときじゃないよ。前にも話したけど、大鵬さんが残したイクラの醤油漬けを盗み食いして、「こんなうまいものを食っているのか!」と感動したときだけど(笑)。
そんな大きすぎる大鵬さんよりも身近だった、北の富士さんや玉乃島さんが、俺にとってはスーパースターだったね。その二人に続いて輪島さん、貴ノ花につながっていく系譜で、そこに一枚加えるとしたら高見山さんだ。
特に北の富士さんは、漏れ聞こえてくるよもやま話や横綱土俵入りするときの大銀杏を結った姿がカッコよかったと俺が勝手に思っているほど、スタイルや所作が別格だ。独特で垢ぬけていて、ほかの相撲取りも真似したけど、北の富士さんの域には誰も達せなかったね。
プロレスでいえば、やっぱりジャイアント馬場さん、アントニオ猪木さんだ。俺がプロレスに転向したときは馬場さんも元気な時代で、そこにジャンボ鶴田が食い込んできた頃で、客の求め方がやっぱり全然違うよ。
俺がリングで名前をコールされると、そのときこそ拍手が起こるが、それっきり。馬場さんやジャンボは試合中でもすごい声援が上がるもんね。その後はミル・マスカラスの活躍で外国人レスラーにもスポットが当たるようになって、ファンクスの人気にも火が付いたよね。