「劇映画とドキュメンタリーの大きな違いは、劇映画ならセリフを練って作れるけれど、ドキュメンタリーはそれができないってこと。みんなカメラを持っていない方が踏み込んだ話をしてくれますし、私自身の思いも溢れてきます。そんな、映像だと入れられない、溢れてしまったものをこの本に書けた気がします」
「スープとイデオロギー」にも登場するヤンさんのパートナーで、同作のプロデューサーである荒井カオルさんとの関係も、「溢れてしまったもの」として詳しく描かれる。52歳での思いがけない出会いから同居、結婚への道のり。義母の苦労多かった人生を思い、北朝鮮へ行った3人の息子の代わりに「僕が4人目の息子になる」と尽くす荒井さんの姿にはホロリとさせられる。
ヤンさんの亡くなった父は「日本人との結婚は許さない」と公言していた。しかし、老いた母は自然に日本人の「息子」を受け入れ、娘に言う。
「あんたはええ人に巡りあったんやで。(中略)カオルさんは素朴で優しい人や。大事にしてあげなさいよ」
一緒に過ごせた時間は短かったが、3人は少しずつ新しい家族となっていたのだ。
「これでやっと区切りをつけられたかな。『家族』は終わらないけれど、直接描くことはもう充分やったなと。26年間も私に撮影された家族は、よく暴力的なカメラを受け入れてくれたと感謝しています」
ヤンさんは「良い映画にはたくさんのドアがあり、そこを開ければまた新しい世界が見える」と言う。この本にも、いくつものドアがあった。
(ライター・千葉望)
※AERA 2023年7月24日号