監督になって初めて、共に戦ってきた元監督の栗山英樹の苦労が分かった。コーチ時代は選手を守るためにガンガン進言し、栗山を困らせてきたと反省。コーチングとマネージメントの違いに戸惑うことも(撮影/加藤夏子)
監督になって初めて、共に戦ってきた元監督の栗山英樹の苦労が分かった。コーチ時代は選手を守るためにガンガン進言し、栗山を困らせてきたと反省。コーチングとマネージメントの違いに戸惑うことも(撮影/加藤夏子)

■「ベンチが明るくなった」「選手に最も近い監督」


 吉井が真骨頂を発揮したのは決勝の対アメリカ戦だった。9イニングを7人の投手で繋いだ。これだけ注ぎ込めばベンチの計算通りにはいかず、失点を重ねる投手が出てもおかしくない。だが、各投手の持ち味が最も生かせるバッターの打順を勘案し、7人を継投。その緻密な計算の集積が、九回表の大谷の感動的なピッチングとして球場に放たれたのだ。吉井は、あのようなオーダーは二度と組みたくないと苦笑いする。


「ブルペンデーのような継投はいわば飛び道具。選手に負担をかけるし、こっちも心臓が縮まる」


 ブルペンデーとは先発投手が登板する従来の起用法ではなく、中継ぎ陣だけで1試合を投げ切る戦法。もう二度とやりたくないと言いつつ、今シーズン、ロッテですでに2回もブルペンデーを行い、2回とも成功させた。


「先発投手にアクシデントがあったので苦肉の策。でも、奇手は得意かもしれない」


 これまでのプロ野球界の定石を覆すコーチングや采配が出来るのは、日米7球団を渡り歩き、引退後は日ハム、ソフトバンク、ロッテでコーチを務め、その間、7回のリーグ優勝と4回の日本一など圧倒的な経験が後押ししている。だがそれ以上に、筑波大学大学院でスポーツ科学や心理学を学んだことが今の自分を作ったと吉井はいう。経験と智慧(ちえ)。その膨大な分母から吉井特有の高度処理能力で瞬時に最適解を見いだし、勝利に導く。そんなシーンが今季のロッテの戦いで幾度かあった。


 開幕前、突出した選手がいないロッテを多くの野球評論家はBクラスと予想。だが7月13日現在、ソフトバンク、オリックスと首位争いをしている。


 チームの変化を最も敏感に捉えているのがロッテファン。千葉県に住むファン歴10年の有賀桃子と香取美奈は、昨季とベンチの雰囲気がガラリと変わったと口を揃(そろ)える。


「吉井監督になってからベンチが明るくなった。選手たちが溌溂(はつらつ)とし、楽しそうにプレーしている。そんな姿を見るのがファンには一番うれしい」


 4球団でコーチを務め、今季からロッテ1軍・ 2軍統括コーチに就任した光山英和(57)は吉井を「これまでの球界で最も選手に近い監督」と言い、ある野球評論家は「コミュニケーション・モンスター」と評した。


 だが、往年の野球ファンなら吉井が「コミュニケーション・モンスター」とは対極の選手だったことを知っている。血気盛んで、納得できないと監督室の机をひっくり返し、契約更改時には怒って社長室の壁を蹴るなど、コーチや監督との衝突エピソードに事欠かない。

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