岸本聡子杉並区長(撮影=吉崎洋夫)
岸本聡子杉並区長(撮影=吉崎洋夫)

 こうした奇跡の背後で候補者たちを支えていたのが、杉並区の市民運動に参加する住民たちだった。教育や障がい、環境、道路問題など各市民グループに参加する住民らが集まっていた。「考える会」の漆原さんもその一人だ。

 この住民らが、21年の衆院選では立憲民主党の選対とは別に、吉田はるみ氏を支える「市民選対」をつくった。この市民の動きに、立憲や共産などの各党の代表が参加したという。「市民を中心に野党各党との共闘が成功した。それが勝利につながった」(漆原さん)

 その後、22年の区長選の際にはこの市民選対が「住民思いの杉並区長をつくる会」の動きにつながった。そして23年の統一地方選では「住民思いの杉並区議を増やす会」にもつながり、野党系候補者の勝利に貢献してきた。

 市民の動きは具体的にどういうものだったのか。

 昨年の区長選で勝利を収めた岸本区長は、「これまで選挙活動をしたことがなかった。『つくる会』に手取り足取り教えてもらった」と振り返る。

 岸本氏は国際NGOで20年近く海外に拠点を置いており、日本に帰国し、立候補を表明したのは選挙のわずか2カ月前だった。選挙に必要だといわれる「地盤(支援者)・看板(知名度)・かばん(資金)」はなく、厳しい状況だった。

 そんななか活躍したのが、市民ボランティアだ。多い時には約100人が集まるほどで、街頭宣伝やチラシのポスティングなど大きな役割を果たした。

 選挙資金は寄付で集めた。1千円から数万円といった寄付を多数集め、最終的には事前活動と選挙活動を含めて600万円を超える金額が集まったという。漆原さんは「ないない尽くしの中でギリギリでやってきたが、最終的には少し余裕ができた」という。

 最も注目を集めたのが、「ひとり街宣」と呼ばれる活動だ。選挙期間の前、ボランティアが駅前で1人でのぼり旗や看板などを持ったり、チラシを配ったりしながら、街宣するといったものだ。提案があった当初はその効果に懐疑的な声もあったが、最終的には杉並区内にある19駅のすべてでひとり街宣が行われるほどに広まった。

東京都杉並区議選で、支援する複数の党派の候補らと並んで街頭演説する岸本聡子区長(左)=2023年4月
東京都杉並区議選で、支援する複数の党派の候補らと並んで街頭演説する岸本聡子区長(左)=2023年4月

 岸本区長はこう振り返る。

「『とにかく顔を知ってもらうことが大切』と支援者から言われていたんですが、私ひとりでは限界があります。そんななか、ひとりの女性が『私が駅前でポスタ―を持って立ちますよ』と手を挙げてくれて。やってみると意外と好評で他のボランティアの方々も『私も、私も』と広まっていきました。その後、『100人ボランティア大作戦』が立ち上がり、『区内にある全駅を制覇しよう』と取り組んでもらいました」

 こうした取り組みが投票率の上昇につながったと見ている。

 21年の衆院選の投票率は前回から5・61ポイント、22年の区長選でも前回から5・48ポイント上がった。増えた分の多くが、野党系の候補者に流れたようだ。漆原さんは「『投票率を5%上げれば政治は変わる』という実感が生まれた。『区長が変わったんだから、次は議会も』という機運が高まった」と語る。

 今年の統一地方選では5ポイントには届かなかったが、投票率が4・19ポイント上がった結果、自公の候補者が大量に落選する結果となり、改めて「政治は変わる」ことを証明した形になった。

 岸本区長は区内の有権者の雰囲気について、こう語る。

「これまでの区政への不満というのもあったと思いますが、国政では『軍事費を2倍』などといった政策が粛々と進んでいく一方で、子育てや働き方、家族のあり方など、新しいものが求められているのに政治はまったく変わろうとしない。こうした停滞感に対して、政治を知らない人たちでも問題意識が高まっていたように思います。特に女性のあいだで政治家が思っている以上に、国際的なスタンダードであるジェンダー平等や多様性の尊重、気候変動問題への危機感が強まっているのでは」

 自身が体験した変化として、区長選ではこんな変化が起こっていたという。

「保守地盤の強い地域では、自民党員でなくても『自民党が支援する候補者に票を入れるのが慣例としてあった』と話されていた方がいましたが、『それではダメだ』といって家庭内で“静かな革命”を起こして、投票先を変えた方もいると聞きました。保守層が強い地域でも票が取れたことが大きかったです」

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