ここにも坑道があり、そこを抜けた海岸べりには、監視小屋があった。
ここから島を北上し、雙口海邊という海岸に移動した。もちろんここでも砂浜の向こうにアモイのビル群を眺められる。海岸に沿って鉄製の杭が並んでいる。中国からの船が浜に上陸することを防ぐ目的でつくられた。20年前、この杭が密輸船も防いでいるという話を聞いたことを思い出した。
台湾からの観光客にその話を聞いてみた。
「密輸? もうありませんよ。中国は豊かになって、危ない密輸なんて誰もやらないんじゃないかな」
同じ20年で見違える風景になった対岸のビル群を眺めながら、その言葉にうなづいた。
小金門島を歩っていると、沖縄がだぶってしかたがなかった。気候が似ているためかもしれない。金門島と小金門島の関係は、宮古島と伊良部島とよく似ていた。この両島の間には伊良部大橋が完成した。金門大橋とよく似ている。
小金門島の中心街である東林街の食堂に入った。昼どきだった。開いている店が少ない。一軒の店で、カキが入ったそうめんを頼んだ。1杯60元、約270円。金門島に比べると20元ほど安い。
「金門大橋ができて、島の人はどんどん金門島に移ってしまった。島は寂れる一方ですよ」
店の主人に元気がない。伊良部島も同じだった。橋は離島の過疎化を加速させる。
安全保障の観点からも世界的に関心が持たれている台湾海峡。有事の際はその最前線になるであろう小さな島には、その緊張感は何もなかった。
観光地として中国からの客を心待ちにする本島と、その経済的な恩恵を享受できない小島の風景。しかし小金門島を訪ねる観光客は増えている。橋ができ、簡単に小島に渡れるようになった。そんな観光客が求めるのは、静かな小島の空気……。金門島、そして小金門島の戦後は、いつも歴史の皮肉のなかに縁どられている。
(下川裕治)
■しもかわ・ゆうじ 1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(毎週)、「たそがれ色のオデッセイ」(週)、「沖縄の離島旅」(毎月)。