■プレゼンに寝坊 窮地を救ったあのひと言

 入社して4カ月、コンサルのチームに入った。でも、失敗は続く。最大の出来事は、電機メーカーのトップへのプレゼンテーション(提案の発表)のときだ。自分の仕事は、各部署からの聞き取りと数字の集計。プレゼンの前夜は、チームの面々が書き上げた提案をコピーし、必要な60部に製本する役だった。でき上がったのは午前4時。連日、徹夜のような日々だったので、自宅へ持ち帰って仮眠し、朝9時からのプレゼン前に依頼企業へ届けるつもりだった。

 電話が鳴って目が覚めると9時半だ。パニック状態となり、寝ぐせがついた頭髪を直しもせず、60部を持って駆けつけた。会場のドアを開けると、チームの面々も依頼企業の人たちも、ちらっと眼(め)を向けただけで、話を続けた。チームメートは下書きをコピーして配り、プレゼンしていた。やがて終わり、チームの反省会が始まる。リーダーたちに、こっぴどく叱られた。

 そこへ、依頼案件を仕切っていた千種さんが現れた。イスに座ると、ゆっくり口を開く。

「みんな、ここまでいいプレゼンができたのは、南場の頑張りがあったからだよ。今日のことはもういいから、この話はあまり言うな」

 ただ、うつむいて聞いているしか、なかった。

 2021年6月、日本経団連の副会長とスタートアップ委員長に就いた。先端的な技術やビジネスモデルを擁した起業家を支援していく活動の、先頭に立つ。いくつかの大企業のトップの賛同を得て、100億円規模の投資基金「デライト・ベンチャーズ」を設立した。まずは、DeNAを超える企業が出てほしい。もちろん、DeNAも負けていない。いまの8倍、1兆円企業の仲間入りを目指す。

 振り返れば、千種さんは自分を「こいつには何かあるのではないか」と、ずっと見守ってくれていた気がする。それで、チャンスが広がった。スタートアップ企業が成功していけば、同じようにチャンスを広げて「チーム全員での達成感と喜び」を知る人々が増える。千種さんが、喜んでくれるに違いない。自分の『源流』が流れていく先も、続いていく。(ジャーナリスト・街風隆雄)

AERA 2023年6月19日号