2022年7月8日、安倍晋三元首相が参議院選挙の応援演説中に銃弾にたおれて、1年近くが経った。長く続いた安倍政権のもとでは、「安倍支持派」と「反安倍派」の対立が進んだが、二極化の根本である安倍氏が亡くなってからも、その対立はいまだ深まっている。朝日新書『「単純化」という病 安倍政治が日本に残したもの』では、問題の本質を見ず、空回りを続ける日本の病を“物言う弁護士”郷原信郎氏が指摘。安倍氏の思想をめぐる対立はなぜ無くならないのか。その背景を同著から一部を抜粋、再編集し、紹介する。
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安倍氏銃撃事件直後は、それまでの「安倍支持派」「反安倍派」の対立を、そのまま反映した状況となった。
8年近くにわたった第二次安倍政権は、「安倍一強体制」とも言われ、自民党内でも、政府内部でも、安倍首相とその側近の政治家や官邸官僚への権力の集中には逆らえず、意向を忖度(そんたく)せざるを得ないという状況になった。それが安定的な政権運営につながり、安倍政権下での多くの政策の遂行を可能にしたが、その一方で、権力の集中による歪(ゆが)みが生じ、安倍支持者と安倍批判者との対立の「二極化」は激しくなっていった。
安倍元首相が銃撃により殺害されるという衝撃的な事件で、「二極化」の根本にあった安倍氏という政治家の存在がなくなったが、それによって「二極化」が解消されるどころか、さらに増幅されているように思えた。
安倍元首相殺害事件は、政治的、社会的影響は極めて大きいが、「一つの刑事事件」である。事件の動機・背景等については捜査・公判で真相解明が行われるのを見極めるしかない。犯罪の動機が、選挙運動の妨害などの政治的目的であったとする根拠はなく、むしろ、現行犯逮捕された山上徹也容疑者は、「政治信条とは関係なく、家族を破産させた特定の宗教団体と安倍元首相とが関係があると思って殺害しようと考えた」と供述しているとされていた。ところが、銃撃事件の発生直後から、与野党の政治家、マスコミなど、ほとんどが、事件を「政治目的のテロ」「言論の封殺」などととらえていた。