昨夏、ロシアやバルト三国を周遊中にフィンランドを訪れた。19年前、ロシアのサンクトペテルブルクへ行く途中、首都のヘルシンキに立ち寄ったことがあった。当時、まだ日本には紹介されていなかった北欧デザインで、建物だけでなくベンチやカートに至るまですっきりと統一された空港や駅のモダンさに感銘を受けた。そして電車でサンクトペテルブルクに向かう途中、ロシア国境を越えたとたんに、駅や土地が荒れてみすぼらしくなったのを目の当たりにして驚いた。地続きの大地で、よくある国境の大河や峠を越えたわけでもなく、土地の性質が変わったとはとうてい思えなかった。5分前まではきれいに整備された畑や庭が車窓に連なってきたのに、これは一体どういうことか? まるで匠の手によって大変身した家から、逆に様々な問題を抱えた昔の家に戻ったようだった。人の手入れ具合でこれほどまで土地や住環境が変わるのだということを、まざまざと見せつけられた。
その頃のヘルシンキは、今のような女の子向けの小物屋はなく、背の高い新しいビルも数少なくて、首都にしてはこじんまりした街だった。夏だったので日が長く、夜は中心部の広場でロック・コンサートが開催されていて、若者たちが遅くまで外をぶらぶらしていた。港のそばに中央市場があり、そこで売られていたトナカイのチーズがさっぱりしていて美味しかったのを覚えている。市場や中央駅などの公共施設はヨーロッパ風だったが、西欧のようなツンとしたころがなく、人々のはにかんだような柔らかい笑顔には大らかさを感じた。そういった記憶を胸に、最近はすっかりおしゃれな観光地となったヘルシンキや、ロシアに近い東の地域なども回ってみた。
フィンランドは、メディアで紹介されてきたとおりの森と湖だらけの国だった。移動中の電車やバスの車窓には、いつまでもどこまでも、数えきれないほどの湖と途切れることのない真っ直ぐな木々が続いた。一番南にあるヘルシンキですら北緯60度と、北海道よりずっと北に位置し、夏の日照時間は18時間。日沈が夜の10時過ぎで、ようやく薄暗くなり、やがて真っ暗になったと感じるやいなや、未明には薄明りが射してくる。陽は地平線を上った瞬間から光の玉のようにキラキラと輝き、朝からサングラスをかけていても眩しい。そして、その強く透明な光に照らされた湖面はまさに青。湖を取り囲む薄緑の木立はすべて直立不動。強い光を遮る林の中は涼しくて、木々の間から差し込む木漏れ日や、見上げると枝の間に広がる青い空がとても清々しい。その中に、コテージや教会が時を忘れたように静かに佇んでいる。フィンランドの人々は、昔からこのような森でムーミントロールとともに暮らしてきたのだろうと想像してしまった。しかし、いくつか森を散策していくと、日本の木々に比べて葉が細く色が薄く、松、白樺、樅ノ木の類がほとんどで、多様性に欠けていることに気づいた。森の国なのになぜだろうと思って聞くと、フィンランドは林業が盛んだったので、木々は役に立つ種類に植え替えられたそうだ。さては、ムーミン一家が駆け回っているように見えた原野は幻想だったかと、少々興醒めしてしまった。
ある町外れの林の入り口で、若い兵士二人が前方を見やる銅像を見かけた。それは、第一次世界大戦時にフィンランドの独立を希望したインテリ層の若者たちが、自発的に兵士となって祖国のために戦った志願兵の像だった。彼らはここで出会い、ドイツに渡り狙撃や飛行訓練を受け、フィンランドに戻ってロシアとの国境を成す森の中で戦闘を繰り広げ独立を獲得した。その兵士たちを中心に組織した国軍で、第二次世界大戦時には、兵力的に圧倒的劣勢だった対ソ連戦において、森林地帯の地理を熟知した地元民と白色の服を着てカモフラージュし得意のスキーを駆使した狙撃兵が森を駆け巡って勝利を収め、実質的な援助を国際社会から受けることなく独立を守った。
実はここに来る途中、町の中心に立つ麗しい木造教会の隣に、面白い像を見てきたところだった。それは、ラッパのように両端が広がった巨大な銅の棒が、途中2、3カ所捻じれながらも空に向かって直立しているものだった。土台にはU.K.ケッコネンと、フィンランド第8代大統領の名が書かれていた。調べてみると、像のタイトルは「大物」で、ケッコネンは冷戦時代長期間にわたり、ソ連との信頼関係を維持しながらもNATO諸国との通商を絶やさず、フィンランドの独立を維持したリーダーだったという。この不思議な銅像は、その時代性を抽象化したものかもしれなかった。
美しい湖畔の森へ、のんきなムーミントロールに遭遇できるかもしれないなどと思って出かけたのに、この国の厳しい歴史に出会って驚いた。しかしよく考えてみれば、西欧と東欧とロシアに隣接する難しい位置にあるフィンランドが、複雑な歴史を抱えているのは当然だ。内向きで大人しいと聞くフィンランド人は、込み入った事情の中で静かに日々の暮らしを送りながら、分別や思慮深さを身につけてきたのかもしれない。福利厚生を整え学力世界一を達成し、シンプルで自然と調和し万人に愛されるフィンランド・デザインを育んで現代化を進めてきたのは、そういった歴史を自ら乗り越えていこうという努力の賜物なのかもしれない。もしかしたら、その彼らこそが、大らかさとユーモアと知恵を身につけたムーミンなのではないか。まるで小鳥のさえずりのように軽やかに挨拶し、冗談を交わしている彼らの声を聞きながら、森と湖の国でそのように感じた。