「対局に臨むにあたっては、まったく意識することではないかなとは思っていますけど。ただ、谷川先生のその記録にチャレンジできるというのはやっぱり光栄なことだと思うので。精いっぱいがんばりたいと思います」
■羽生善治以来の七冠も
藤井は現在、竜王、王位、叡王、棋聖、王将の五冠を保持している。今年度はこれから王将を防衛し、棋王を獲得すれば、羽生善治現九段(52)に次いで史上2人目の六冠となる。来年度、名人まで獲得すればやはり、羽生以来の七冠となる。
「現時点で七冠という数字を意識するということは全くないんですけど。(現在進行中の)王将戦と棋王戦、二つ戦って、やっぱりいろいろ反省点というか、課題もあったかなというふうに感じているので。その反省というのを名人戦にいかしていけるようにがんばりたいと思っています」(藤井)
羽生は96年、当時存在した7大タイトルを独占した。現在は8大タイトル制。もし藤井がこれから王座戦でもトーナメントを勝ち抜いて挑戦権を獲得すれば、今秋には史上初の八冠達成の可能性まである。
改めて、藤井が名人挑戦権を獲得するまでの軌跡をたどってみよう。藤井は史上最年少14歳で四段に昇段。17年度から順位戦に参加した。
順位戦は同時代にただ一人存在する名人を頂点として、上から順にA級(定員10人)、B級1組、B級2組、C級1組、C級2組の5クラスが置かれるピラミッド構造となっている。1年1期でリーグがおこなわれ、昇級や残留をめぐって熾烈(しれつ)な争いが繰り広げられる。持ち時間は6時間。1日制の対局ではもっとも長い。
「ここまで振り返ると、順位戦の対局を通して、自分自身成長できたという部分がけっこう大きかったかなというふうに感じています。やっぱり四段になった頃っていうのはなかなか長い持ち時間で対局というのは、順位戦以外に少なかったですし」(藤井)
藤井はC級2組を1期で通過。C級1組でも勝ち続け、順位戦でデビュー以来18連勝という、中原誠五段(現十六世名人、75)に並ぶタイ記録を作った。しかし近藤誠也五段(現七段、26)に敗れ、最終的には9勝1敗という好成績ながら順位の差で昇級を果たすことができなかった。これが順位戦の怖いところだ。藤井の輝かしい棋歴における、数少ない挫折体験ともいえるかもしれない。