「進め一億 火の玉だ」「欲しがりません 勝つまでは」。だれでも一つ二つは知っている戦時中のスローガン。里中哲彦『黙つて働き 笑つて納税─戦時国策スローガン傑作100選』は、著者が〈どうにも可愛げがない〉うえに〈老人の落ち着きもなければ枯淡の風情もない〉と評する主として昭和8年~18年(1933年~43年)の国策標語を集めた異色の本だ。傑作選であるからには気の利いたのが少しはあるかと思いきや、見事につまらん。著者のせいではもちろんない。この時代の連中の頭の中身のせいである。
 まず目につくのは贅沢をいましめる標語の数々だ。〈飾る体に 汚れる心〉〈美食装飾 銃後の恥辱〉〈飾る心が すでに敵〉。読む人の精神につけ入って、罪悪感や恥の意識に訴えるあたりがいやらしい。
 女性に向けた「産めよ殖やせよ」系の標語も戦況が悪化すると妙な迫力を帯びる。〈強く育てよ 召される子ども〉〈産んで殖やして育てて皇楯(みたて)〉〈初湯から 御楯と願う 国の母〉。死なせるための子を産み育てる!?  日本人、もうヤケッパチ。みんな狂ってたとしか思えません。
〈お上が音頭をとるスローガンは、どうしてあんなにも具体性に欠け、その場しのぎであり、責任をとる気がなく、漠然としたことをもっともらしく表現するのだろうか〉と著者はいう。私が特にゾッとしたのは笑顔を強いる標語である。
 表題にもなった〈黙つて働き 笑つて納税〉は税務署の標語だからまだわかるが〈働いて 耐えて笑つて御奉公〉〈笑顔で受取る 召集令〉〈りつぱな戦死とゑがほの老母〉までくるとほとんどホラーだ。
 そういえば、最近もこれに似た文言を見たな。7月の参院選時の自民党のキャッチである。女性局が出した冊子の表紙は「つながる笑顔を、取り戻す。」。子ども向け冊子は「日本の笑顔をつくる。自民党」。
 よし、こっちも標語で対抗してやる。「あなたのおかげで笑顔も凍る自民党」「笑顔の強制 すでに敵」。

週刊朝日 2013年9月20日号

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