佐藤さんの芥川賞受賞作『荒地の家族』。災厄から10年余り、孤独と停滞に惑う一人の男性を通して生きる痛みが描かれる
佐藤さんの芥川賞受賞作『荒地の家族』。災厄から10年余り、孤独と停滞に惑う一人の男性を通して生きる痛みが描かれる

佐藤:私の周りにも家を流されたり、被災した人が多くいますが、身近にいるから具体的に聞けないということはありますね。相手が話したくないケースもあるでしょうが、本当は誰かと共有したいと思っているのかもしれません。

金菱:仮設住宅や避難所に伺ったとき、私たちに「初めて言ったわ」と話す人がたくさんいました。同じ人に何度か話を聞くときも、振り返ると、初めて聞いたときが一番、クリアに聞けたということもあります。

佐藤:『荒地の家族』の舞台になった亘理町も、津波の跡が今はきれいに整地されています。でも、主人公の心象風景では、荒れ地としか表現しようがないんです。

金菱:幽霊や夢を通して被災者に話を聞いてみると、時間軸がずれていたり、幽霊になった亡き人、つまり過去の存在が現在の時間軸に侵入していることがよくあります。それを言葉で表現しようとすると、小説のようになってくる。

 社会学はノンフィクションですが、個人を深く掘り下げていくと、表現がフィクションに近くなるんです。私はフィクションとノンフィクションが逆転せざるを得ない部分が、今はとても気になっています。

佐藤:私が小説を書くときは結末を考えず、頭から書いていきます。途中までどこにも行き着かないし、救いもないし、「終わらないなぁ、またボツかなぁ」と思ったりして、なんとか最後までたどり着く感じです。

『荒地の家族』は書き終えてみて、「あの終わり方しかなかったな」と思えるのは、うまく物語を閉じられたからでしょう。

 平穏に日常生活を送って生きていくのは大変で、被災地では、その上に震災が覆い被(かぶ)さってきた。主人公が最後に生を引き受けて生きていく、そのギリギリのところで救いを感じてもらえればいいかな、と思っています。

(ライター・角田奈穂子)

※記事前編>>「東日本大震災で『言葉の無力さ』痛感 芥川賞作家と社会学者が語る」はコチラ

週刊朝日  2023年3月17日号より抜粋

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