大森兄弟は兄弟ユニットの作家である。兄は1975年生まれ、弟は76年生まれ。2009年に文藝賞を受賞したデビュー作『犬はいつも足元にいて』は芥川賞候補にもなったけど、たしか「ふたりでひとつの作品を書くなどふざけている」とかなんとか評されて落選した。
『わたしは妊婦』はその大森兄弟の最新作。男兄弟が書く、妊婦の一人称小説だ。また「ふざけている」とかいわれそう。いやいや、『わたしは妊婦』は書店より赤ちゃん本舗とかで売って欲しい小説だ。
「私」は妊婦である。つわりに苦しんでいる。だのに夫は余計なことばかりいいくさる。〈妊婦さんには避けたほうがいい魚があるんだ〉〈まぐろっ、めばちっ、めかじきっ、きんめだいっ。水銀に注意。養殖魚、近海魚はダイオキシンとか抗生物質の恐れありっ。海藻、食べすぎ危険。ハーブ、これも危険、胎児に影響が出る〉。「私」は遮る。〈その胎児に影響がっていうの、止めてほしい〉
「私」は会社員である。会社員だからいずれ産休を取得したいと部長にいう。〈そうですか、それはおめでとうございます〉。自分がいなくても会社は問題ないというのだろうか。「私」は高校時代の友人に会う。誰も「私」の愚痴をまともに聞かない。〈でもさ、ゆり子って幸せだと思う〉。「私」には同じ妊婦の文通相手がいる。彼女はノーテンキである。理想の妊婦ぶっている。夫も理想の夫気取りである。ついに「私」はブチ切れる。〈だから、そういう次元の問題じゃないのよ〉〈なんなのその言い方、人を動物みたいに〉
かつて妊婦の本音を綴った妊娠出産エッセイがベストセラーになったことがあった。石坂啓『赤ちゃんが来た』(93年)とか、まついなつき『笑う出産』(94年)とか。それから20年たって出現した、本音以上に本音っぽい妊婦小説。シュールで大胆不敵でちょっぴり不気味。身近に妊婦がいる人(夫・父母・義父母・友人・職場関係者・その他)はみんな読んで反省しなさい。
週刊朝日 2013年5月24日号