劇団を旗揚げして22年。芥川賞作家の本谷有希子さんが、初めて“演出”という仕事だけに向き合うことになった。2012年ごろからは軸足を小説に置き、ここ数年はれがここ数年は、自身の小説を原作にした芝居の演出を行っていたが、岡田利規さんの戯曲を書き下ろした「掃除機」を演出。他人の戯曲を演出することは、本谷さんにとっては初めてのこと。家族には「家のことは一切できません!」と宣言。そのとき家族の反応は?
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KAAT神奈川芸術劇場の芸術監督である長塚圭史さんから、「本谷にもっと演劇に戻ってきてほしい」とも言われたという。本谷さんは、15年10月に第1子を、21年3月に第2子を出産しているが、その事情も察し、「なんだったら、託児所を作るから、赤ちゃんを連れてきて託児しながら演出してもいいよ」とまで言って本谷さんを説得した。でも、本谷さん自身は、子育てと演劇の仕事を両立させるつもりはなかった。
「私はもともと、出産してすぐ仕事を再開するつもりはなかったんです。子供が生まれたら、その目の前にいるものがいちばん面白いだろうと思っていたので。自分が書くものより、この腕の中で生きているもののほうが目が離せない。子供と向き合えるのはそのときしかないんだからって。だから、書いてない時期があることも、大して後ろめたくはなかったんです。それが、最初の子供とたっぷり1年ぐらい向き合ったら、『そろそろ、今しか書けないものが書きたい。社会的な活動がしたい!』と思ってしまって(笑)」
■お母さん状態で演出はできない
本谷さんにとっての社会的活動とは創作のことだ。ほどなく子供が保育園に通う間の執筆活動は再開したが、こと演劇に関しては、そう簡単にはいかなかった。特に人の戯曲の演出となると、思考する時間が必要になるからだ。
「お母さん状態でここにはいられないです。回路が全然違って、お母さんのモードになると、すぐオキシトシンが出てしまうし(笑)。でも、演出をつける上では、エッジさもシャープさも必要になる。今の自分に育児と創作を両立できるキャパはないな、と痛いほどわかっていたので、今回は家族に、『演出の仕事をやることにしたから、家のことは一切できません。よろしくお願いします』って宣言して、めでたく理解してもらいました(笑)」