歴史に埋もれた六つの道を市井の人と語った異色の紀行文だ。江戸時代、石川県の山奥から金沢へ火薬の原料を運んだ「塩硝の道」、幕末・明治に八王子から横浜まで生糸を“密輸”した「絹の道」、長崎・対馬の「元寇の道」……。著者が名付けた道もある。
 なかでもユニークなのは「海苔の道」だ。海のない長野県の諏訪に、なぜか代々海苔の等級分けの名人たちがいて、真冬に全国各地に呼ばれて仕分けをしている。海苔の艶や密度を見て瞬時に判断する仕事は、機械にはできないという。
 著者は、海苔産業に縁の深い諏訪大社を訪ね、海苔の一大生産地だった東京・蒲田を歩く。古老の話では、海苔の養殖も親分と子分がいる、建築業のような“階級社会”であり、蒲田が歓楽街になったのは、戦後の羽田空港拡張で海苔業ができなくなり、多額の補償金を得た漁師が飲み歩いたからだという。ちなみに、蒲田の海苔は「浅草海苔」の名前で流通している。
 全編こんな秘話がしっとりした筆致で語られ、しばし瞑想に耽りたくなる。

週刊朝日 2012年9月21日号

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