「松坂の弟」という理由だけで試合に報道陣が訪れ、負けた試合でもインタビューされた。記者からの質問に答える形で「○○高校(強豪校)と対戦してみたい」と言っただけなのに、「松坂弟 〇〇(高校名)食うぞ」(食うぞ=やっつけるの意)という挑発的な見出しで記事にされ、マスコミに不信感を抱いたこともあった。
一方的にかぶせられる「松坂の弟」という肩書。
「もともと人見知りでしたし、常に誰かに見られている気がして、松坂の名前が嫌になりました。違う選手の名前が入ったカバンを持ったり、松坂の弟はどこかと聞かれると別の選手を指さしたり、自分を出さないようにしていました」(恭平さん)
勝手に兄と比較されることもあった。兄との差について、なんやかんやと話してくる人もいたという。
高校卒業後は、法政大、独立リーグの愛媛マンダリンパイレーツでプロ野球(NPB)への夢を追った恭平さん。現在は株式会社ドームが扱う米国発のスポーツ用品ブランド「アンダーアーマー」のブランディングを統括する部長職についている。過去にはソフトバンクの柳田悠岐選手との契約を成立させたこともある。プライベートでは一児の父。妻と新潟県で暮らし始め、目下、リモート勤務と子育てにいそしむ日々だ。
「自分から兄の話をすることはほとんどなかった」という恭平さんだが、2020年、「note」で「松坂大輔と松坂恭平の差はどこで生まれたか」と題した記事を自ら書いた。積んできた努力や精神面での差、それが生じたターニングポイントなどをつづった。
「きょうだいの子どもを持つ親たちに、何か子育ての参考になればと思ったんです」(恭平さん)
なにかと比べられがちなきょうだい。本人たちだけではなく、自分の子どもに「差」が生じたとき、その現実に戸惑う親もいるのかもしれない。
恭平さんは自身の経験をまじえ「子どもがどう思っているか、そこは分かってあげてほしいと思います」と話す。