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ヨーロッパの北西に位置するアイルランド島。北海道とほぼ同じ面積の島に約700万人が住んでいる。ここが和田さんの作品の舞台だ。
アイルランドといえば、ウイスキーやアイリッシュパブが有名だが、和田さんの写真集『Irish skies-創作の泉-』を開くと、荒涼とした大地が写っていた。樹木はほとんどなく、ヒツジたちが岩山を背景に草をはんでいる。ぶ厚い岩盤を薄いシートのような土壌が覆っている。人を拒絶するような断崖絶壁の海岸。高緯度特有の弱い夏の日差しに陰鬱(いんうつ)で長い冬の風景が思い浮かんだ。
「要するに、主要都市を離れると、何もない光景が広がっているわけですよ。波や風、そういう音しか聞こえない。目の前を雲がどんどん流れて、光もどんどん変わっていく。でも、そんな光景こそがさまざまな創作物を生んだ素地じゃないかと思う。例えば、歌手Enya(エンヤ)の音楽もアイルランドの風景から生まれてきたことをすごく感じます」
アイルランドはジョージ・バーナード・ショーら、ノーベル文学賞作家を4人も輩出している国でもある。
映画「スター・ウォーズ」シリーズの「フォースの覚醒」「最後のジェダイ」などのロケ地となったスケリッグ・マイケル島も写っている。アイルランド南西の大西洋に浮かぶ岩の要塞(ようさい)といった感じの小島で、海岸から山頂付近の修道院まで約600段の石の階段が続いている。
「映画では主要登場人物のルーク・スカイウォーカーがここに隠遁(いんとん)しているというストーリーだった。つまり、もう地球上じゃなくて、宇宙の最果て、みたいな設定ができる島っていうことです」
この島の北約160キロには、和田さんいわく「アイルランドの魅力を凝縮したような島」イニシュモア島がある。ここは長年、和田さんをアイルランドに引きつけてきた場所でもある。
■大地と海と空しかない風景
和田さんが初めてアイルランドを訪れたのは1996年。
「雑誌『マリ・クレール』(中央公論社)の取材だったんですが、その際、イニシュモア島のブラックフォートという海岸を訪れた」
当時の雑誌を見せてもらうと、記事の写真には規則正しく割れ目の入った平らな岩だらけの地面が写り、まるで黒い瓦を敷き詰めたように見える。それが、いきなり大西洋に落ち込む断崖絶壁になっているという。
「ここには昔のとりでの跡があるんですけれど、荒涼とした感じがすごかった。人っ子一人いない。岩のすき間に草が生え、短い夏の間だけ花が咲いていた。大地と海と空しかない原始的な風景で、そこにとても魅力を感じました」
かつてアイルランドは森林に覆われた島だった。しかし、畑や牧草地を開墾するために木々は伐採され、森のほとんどは消失した。
「だから、ほんとうの自然ではないんですが、人の暮らしの痕跡が感じられる独特の風景が延々と広がっている。そこを車で走っているととても気持ちがいい。看板はほとんどないし、日本にはない開放感があります」