
99年、和田さんは再び雑誌の取材でこの地を訪れた際、3週間ほどかけてアイルランド島をほぼ一周した。
「そのときは職人さんがテーマだったんですが、車を運転している途中、『あっ、ここを撮りたいな』と思うシーンにたくさん出合った。でも、編集者といっしょだし、仕事とは関係ないから撮れない。そういうジレンマを感じた。また、ここに来て写真を写したい、とすごく思いました」
本格的にアイルランドを撮り始めたきっかけはもう一つある。この地に暮らす山下直子さんとの出会いだ。彼女は小説「赤毛のアン」の研究者でもあるという。
2011年秋、和田さんは観光プロモーションの撮影でアイルランド政府から招待された際、観光省がガイドとして手配してくれたのが山下さんだった。
「ぼくは世界中でいろいろな仕事をしてきましたけれど、山下さんの案内は単なるガイドやコーディネーターの域を越えていた。さまざまな場所について、彼女は歴史や文化的な背景を自分の言葉で説明してくれた。彼女と出会ったことでアイルランドに対する理解が深まった。この地をもっと撮りたい、という気持ちになりました」

■断崖絶壁なのに柵一つない
ただ、毎年のようにアイルランドに通うようになるのは山下さんとの出会いから5年後のことである。
「11年に東日本大震災が起こってから、ぼくはずっと三陸の被災地を撮影してきました。特に最初の5年間は頻繁に東北を訪れた。そんなわけで、アイルランドに本格的に行くようになったのは被災地の撮影が一段落した16年夏からです」
毎回、アイルランドを訪れると、レンタカーを利用し、2~3週間かけて西海岸を北上する。
「車で走っていると、『いま、撮りたいな』っていう瞬間がある。でも、実際は撮れなかった風景が多いんです。そこに車が止められなかったり、車を止めて撮ろうとしたらもう光が変わってしまったりして」
そんなわけで、和田さんは繰り返し同じ場所を訪ねてきた。車を走らせるのは全長約2500キロ、世界最長の海岸道路といわれるワイルド・アトランティック・ウェイ。
「海岸線にすごく引かれます。コンクリートの要塞のような巨大な防潮堤がつくられた三陸海岸とは対照的で、アイルランドの海岸はほんとうに手つかず。イニシュモア島の海岸なんか、断崖絶壁だけど、柵一つない。観光客がたくさん来るようなところでもそういう場所がいくらでもあります」
人工物がないため、太古から変わらない、時空を超越したような感覚を覚えるという。
「でも、そこでじっとしていると、実は動いているものがたくさんあることにも気づくんです。波は延々と打ち続けるし、鳥も飛んでくる。雲の形もどんどん変化する。光も変わっていく。それを写し止めた写真のなかにさまざまな時間の流れを感じます。特に被災地を撮るようになってから、そう思うことが多くなりました」