![朝日ジャーナル1987年1月30日号](https://aeradot.ismcdn.jp/mwimgs/1/b/840mw/img_1bd7ca23a6aa7e20693024239465dd53179677.jpg)
青森地検弘前支部で確定裁判記録のページを繰った。窓外の冬空は毎朝の陽光が昼を待たずに消えて、鈍色の空間からおともなく雪片が舞い落ちる。それにも増して寒々とした気持ちにさせられたのは、分厚な記録が物語る事件像だ。
被害者は青森県内に住む主婦P子さん(50)。検察官に対する供述調書によれば。
――82年秋、自宅に印鑑販売員がやってきた。青森市にあるという「グリーンヘルス」社の名刺を出したその女性販売員は、P子さん方の印鑑を見て「名前の書き方が間違っている」などといった。「私の会社の印を使えば運が開ける」。心の揺れがP子さんに生じた。
P子さんの半生は恵まれたものとはいえない。農家に嫁いだが夫婦で出稼ぎの生計は苦しく、二児をもうけた後は、妊娠するつど中絶を繰り返さざるをえなかった。この夫はがんで死んだ。6年後に再婚した現在の夫も交通事故で脳挫傷を負い、言語障害で仕事のできない状態になっている。
結局、印鑑3本セットと実印を買った。販売員は2時間ほどいて、P子さんの身の上話を聞き終えると、帰って行った。
間もなく、その人が男女を伴い2種類の壺を持って再訪した。「これをなでれば幸福になれる」と今度は壺を買うように勧めた。安いほうで60万円と聞き、断った。
このころP子さん方の収入は、3カ月に1回入る約30万円の夫の障害年金のほかには、内職で稼ぐ毎月約2万円だけ。夫の兄弟から米や野菜を分けてもらうギリギリの生活だ。印鑑も月賦払いにした。
83年7月26日ごろ、男の声の電話が入った。「前に印鑑を買ってもらったグリーンヘルスの者だ。先生(霊能者)があなたの先祖を拝んだら、悪い霊がいっぱいついていた。先生から手紙を預かったので持って行く」。翌日、その男Aがやってきた。Aは、「先祖の霊が成仏できずにいる。悪い霊を取り除かなくてはならない」と、持参の手紙を読み上げ、「先生」に会うよう執拗に勧めた――