オスはといえば、3カ月もの発情期も終わり、交尾をめぐる激戦の疲れを癒すのでせいいっぱいなのか、メスの苦労などには全く無関心です。妊娠中のメスは、他のノラねこの縄張りや、時には人家に侵入したりしながらエサをあさるなど、お腹のなかにいる子供のために、普段はやらないような危険まで冒します。そして、妊娠からちょうど2カ月後、いよいよ出産です。
■母ねこに見る動物の普遍的な「つよさ」
わたしが研究を行っていた相島は、漁師さんの島でしたので、島のあらゆるところに、漁具などを入れる倉庫がたくさんありました。漁具のたくさん詰まった倉庫は、身を隠す空間がたくさんあり、また漁網などは子ねこの保温にも最適な出産床となります。
メスねこは、その場所で、たった独りで出産します。しばらくは生まれたての子ねこのもとから離れずに、授乳や世話を行います。いつも動きまわっていた妊娠したノラねこの姿が突然見られなくなり、数日後に、お腹がへこんだ母親の姿を見かけるようになれば、どこかの倉庫で出産していることを意味します。
母ねこは急いでエサを食べて、急ぎ足でまたすぐに、どこかへ消えてゆきます。どこで出産しているか、ほとんどの場合わかりません。母ねこは、出産場所を知られないように、とても神経質になっています。出産場所である納屋のまわりに、人や他のねこがいた場合、母ねこは警戒して子ねこのいる場所にすぐには戻ろうとしません。もし、その場所を知られてしまった場合には、翌日にはどこか別の安全な場所に子ねこたちを移動させてしまいます。
これは、産まれたばかりの子ねこを、人や天敵から守るための行動です。さらに、ノラねこの社会では、オスねこによる子殺しという現象が数多く報告されています。ねこの場合、なぜオスが子殺しをするのかよくわかっていませんが、母ねこはヘビやカラス、トンビなどの天敵だけでなく、オスねこからも子ねこを守らなくてはなりません。