GettyImages
GettyImages
この記事の写真をすべて見る

 時速50キロで走る、嗅覚は人間の10万倍、1.5メートル以上跳ぶ……。ねこの調査研究を行っている動物学者・山根明弘氏が、優れた身体能力や感覚器の鋭さから人間の治癒力まで、ねこの“すごい”生態を解明した一冊『ねこはすごい』(朝日文庫)から、母ねこの強さが伝わる箇所を一部抜粋・再編してお届けする。

【写真】2万匹に1匹の貴重な猫の「やんのかステップ」風ショットはこちら

*  *  *

■母ねこは最強?

 人間を含む一部の霊長類、それにキツネやタヌキなどは例外として、哺乳類のほとんどは、父親が子育てに参加しません。ねこを含めた多くの哺乳類は、母親は1ミリメートルにも満たない、とても小さな受精卵から胎児として成長するまで、自分のお腹のなかで子供を大切に育てます。

 また出産後の赤ちゃんも、基本的に母親のみで授乳や世話を行い離乳させます。ここまで子供を育てるのに使った栄養やエネルギーは、すべて母親の身体から絞り出されたものです。

 一方、離乳までに父親が提供したものはといえば、顕微鏡でも使わないと見えないような小さな精子をひとつだけです。子育てに関していえばオスとメスでは、あまりに不平等といえば不平等なのですが、オスはそのかわりに、メスをめぐって激しくオス同士で争います。その争いに多大なエネルギーを使うことで、メスとオスの苦労は、うまい具合につり合っているのかもしれません。

 家に飼われているねこは、飼い主から十分なエサを与えられますので、妊娠から離乳まで、栄養面を含めて何不自由なく過ごすことができます。しかし、ノラねこの場合は違います。わたしがフィールドワークで訪れた相島で観察していたノラねこの母親たちが必死で子育てをする姿は、わたしに大きな衝撃を与えました。それまでは、単なる研究対象であった動物が、わたしにとって心から尊敬できる存在へと変わってゆきました。

 寒さの厳しい1月から3月の発情期に、交尾をして妊娠したノラねこのメスは、お腹がどんどん大きくなってゆきます。それにともなって、胎児は母親の身体から加速度的に栄養を吸収してゆきます。この栄養をまかなうために、母ねこはより多くのエサを求めて、いつもよりも頻繁に動き回ります。妊娠後期、人間なら夫や家族が家事を分担して手伝ってくれるこの時期に、ノラねこのメスは大きなお腹を揺さぶりながら、いままで以上に頻繁にエサを探し求めて、1匹で歩き回ります。

次のページ
母ねこに見る動物の普遍的な「つよさ」